1962年ムンバイ生まれ。監督・脚本家・俳優など多彩に活躍する才人。児童映画や劇場の仕事に携わり、画家として展示会を開催したことも。映画『Taare Zameen Par(地上の星たち)』(07年)の脚本を手がけメジャーデビュー。映画は1600万ドルを超える大ヒットとなった。クレジット上はアーミル・カーンが監督兼主演だが、実質的監督はグプテだったと言われている。『スタンリーのお弁当箱』で正式に監督デビュー。
スターも、派手な踊りもなく、上映時間もわずか96分。インド映画のイメージを覆す作品が『スタンリーのお弁当箱』だ。メイン俳優は素人の子どもたちで、彼らの自然な表情をとらえるために、仰々しいカメラではなく小さなカメラで撮影したという。
主人公は明るく賢い少年スタンリー。クラスの人気者だが、昼食の時間になるとそっと教室を抜け出し水道水を飲んで空腹をしのいでいる。事情は明かされないが、お弁当を持ってくることができないのだ。見かねた級友たちは自分たちのお弁当をスタンリーに分けてあげるが、スタンリーは食い意地の張った意地悪な教師から「弁当を持ってこられない生徒は学校に来る資格がない!」と怒鳴られてしまい……。
子どもたちのみずみずしい振る舞いに笑い、友だちを思いやる友情に熱い思いがこみ上げる。笑って泣ける心温まる感動作を監督したのは、俳優や脚本家としても活躍する才人アモール・グプテ監督。食い意地の張った教師役でも出演していて。実の息子であるパルソーが主人公スタンリーを演じている。映画の公開を前に来日した2人に話を聞いた。
パルソー:ただの演劇のワークショップだと思っていたんだ。最後まで映画を撮っているなんて知らなかったよ! 小さいカメラはあったんだけどね、前にもワークショップをしていたことがあったから、それと同じようにただ記録しているだけかと思っていたんだ。撮影が終わって、初めて映画だと知らされたんだ!
監督:この手法は最高だね。ぜひまたやってみたいよ。一番面白いのは、先が見えないこと。大人たちにとっても効果的なんだ。英語の先生を演じたのはプロの女優なんだけど、「脚本はどこ?」と聞くから、私は4年生の英語の教科書を渡したんだ。彼女はもちろん「これは教科書でしょ。私が欲しいのは脚本です」と言うよね。だからこう返したんだ、「子どもたちは、4年生の英語の教科書を知っている。あなたはこの教科書を知らない。英語の先生を演じるのだから、子どもたちにこの内容を教えなきゃいけないんだよ。この教科書について知っておかなければいけない。だから、これがあなたの脚本です」とね。映画っていうのは現場で起きるんだよ。リハーサルなんてするべきではない。“今、起きていること”を楽しむものさ。
監督:撮影については特に苦労はなかったよ。子どもは扱いやすいし、クルーもシンプルなんだ。何人だったと思う? 監督、撮影監督、プロダクションデザイナー、コスチュームデザイナー、アシスタント、以上。シンプルでしょ? まとまりがあって、なんだか家族みたいな感じで撮影できたよ。
パルソー:レストランで寝るシーンがあるんだけど、本当にひどかった! あの場所にどのくらいゴキブリがいたと思う? 昔は、コオロギなんかを平気で手で触ったりできたけど、大きくなるにつれて虫への愛は消えたよ(笑)。泣いているシーンなんだけど、あれは役に入り込んで泣いたんじゃなくて、何百万といるゴキブリと一緒の寝床に寝なきゃいけなかったから泣いたんだ(笑)。人生で一番怖い経験だったかもしれないな。
監督:自分の母校にいってワークショップをやりたいとお願いしたんだ。「この映画でお金を回収できたら、出演した子どもにお金を払います。そして学校にも寄付します」ってね。でも校長先生は、「そんなものは要りません。子どもの得るものの方が大きいですから」と快く協力してくれたよ。そして、生徒たちみんなに伝わるよう、学校中に告知してくれたんです。「オーディションはしません。来たい人は誰でも来て下さい」と知らせたら、たくさんの子どもたちが来てくれて、本当に楽しんで参加してくれたよ。パルソー以外の主役の子もみんな同学年だったけど、ある日、ヒゲが生えてる15歳くらいの子も来たりしてね(笑)。撮影監督が「なんだ、あのヒゲは」と言っていたけど、「まあまあ、留年したということにすればいいじゃないか」という感じで進めたよ(笑)。
パルソー:いっぱいいるよ! 背が高くなったら、スティーヴ・マーティンと共演したい。あと、ウィル・スミスとジェイデン・スミスもね。女優さんは、アン・ハサウェイ、ジェニファー・ローレンスかな。あ、そうそう、まだいるよ! ぜひ共演してみたいのが、ダニエル・デイ・ルイスなんだ。
パルソー:監督が良ければどんな役でもいい。巨匠のもとでお仕事ができれば、何でもやってみたいな。役者以外の夢は、映画を作ること。実は今、ドキュメンタリーを作っているんだよ。あとは長編映画を作ってみたいな。それに僕はギターが弾けるからミュージシャンもいいな。動物学者になって、鳥の面倒もみてみたい!
監督:お弁当箱っていうのは、インドの小さな宇宙です。インドにはいろんな地方があり、いろんな階級の人たちがいるからね。あとは食べ物そのものを表しています。この映画のなかで、スタンリーはお弁当箱を持っていない、つまり“食”がないことを表している。インドは子どもの栄養が十分に足りてない国なんだ。栄養を考えた給食というものがないからね。この映画をきっかけに、そういう問題に気付いて、議論する場ができたらいいなと思ってこの映画を作ったんだ。そして公開後、実際にこの問題が取り上げられました。飢餓の国として、非常に深刻な問題を抱えているインドには、この議論が必要です。
お弁当箱は、スタンリーを映した鏡であり、そのお弁当箱を通して彼の置かれた状況も分かるということです。最後に私たちは、スタンリーはいつも食べ物に近いところにいながら、食べ物からとても遠くにいることに気付く。食の映画なのに食がないということに気付くのです。
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