新潟県新潟市出身。大学中退後、フリーランスの劇映画助監督、PR映画・展示映像監督を経て、1993年にドキュメンタリー映画『蜃気楼劇場』を監督。03年、ドキュメンタリー映画『自転車でいこう』を監督。13年、羽仁進監督ドキュメンタリー『PARADISE』を編集。
『谷川さん、詩をひとつ 作ってください。』谷川俊太郎&杉本信昭監督インタビュー
詩作をめぐるドキュメンタリーについて、言葉について。詩人と監督が語る
詩人・谷川俊太郎と、日本の各地に暮らす老若男女様々な人々。それぞれの日常の一片をとらえ、彼らの語る言葉と谷川の詩を並べ、そこから新たな詩が誕生する過程を描くドキュメンタリー『谷川さん、詩をひとつ作ってください』。
谷川が東日本大震災について書いた詩『言葉』を入口に、2012年7月のクランクインから2年近くの月日をかけて、じっくりと作りあげた谷川俊太郎、杉本信昭監督に話を聞いた。
谷川:要するに、読んで面白がってくれるかどうかですよ、普通に生活している人が。あれは宣伝文句だから、格好良く書いてあるけど、要するに、あそこに登場する漁師だったり、農民だったり、巫女だったり、釜ヶ崎で労働生活をしている人だったり、みんな自分の言葉を持ってるわけです、生活のなかで。そういう人たちの言葉と、私が書いた詩の言葉が、ちゃんと同じ次元で向き合えるかどうか、っていうふうなことを考えたんです。簡単に言えば、僕の書いたものに、彼らはどういうふうに感じてくれるのかな、みたいなことですよね。
監督:谷川さんのおっしゃってるのと似てるんですけど、飯食ったり、仕事したり、あるいは何かぼうっとしたりしているときに、詩では何も語らないじゃないですか、僕たちは。何か困ったときに、なかには詩を思い浮かべて元気を出す人もいるかもしれないけど、多分数は少ない。だから、「向き合えるか」と谷川さんが、自分自身に挑戦するように言ってるのは、向き合えないかもしれない、という気持ちもあってのことじゃないかと思っています。
谷川:僕は、そんなことできませんって言っただけですよ、無理だって。
監督:それは映画のなかでも言ってますもんね。だから、それはできないってことですよ。しても意味がないし、だったら詩を読めばいいじゃないですか、っていうことですよね。例えば、この映画を見るより、詩を1個でも読んだほうが、それでいいわけじゃないですか。だから、そういう映画は作らない。だけれども、僕は少なからず興味は持ったんですね。
これをきっかけに、谷川さんの詩を読んだら、全く自分が気づいていない自分っていうのがときどき出てくる。「ああ、俺そうなんだよな」って思うことがあったわけですよ。それが何作かあったんですね。僕にとっては詩の体験として、すごい強烈で。今まで体験したことのないことだったですね。谷川さんが書いたものが、自分の気づいていないところに語りかけてくるような体験っていうのはなかったので。
詩っていうのは、こういうことができちゃうんだな、って思った。詩が生まれてくる瞬間を撮れなくても、そんなもの撮らなくていいから、それを映画にしようって漠然と思ったんですね。じゃあどうやってということになると、誰かのなかに潜在している詩的な感覚というか、そういうものを探り出してみようと。勝手に選んだ人のなかに、ありそうな人のなかに。そういうふうに映画が作り始められていったっていうことですね。
監督:それはもう勘ですね。なさそうに見える人ほど、あるというのもあるかもしれないです。大学の文学部で詩の勉強をしている人に撮影に行っても、まず単純に、勘としてですが、駄目だろうと。それから例えばミュージシャンに行ってもすでにミュージックがあるから、それこそミュージックでいいじゃないですか、とか。そういうふうには考えますね。一番遠いところにいるんじゃないか、と思う人のところに行きました。紹介されたり、偶然会ったり、探したりとかして。
谷川:うん、選んだ。夫婦だから、夫婦の詩とかさ、顔を見てて、この人にはこの詩が向いてるかな、みたいな。そんな選び方。
谷川:そうですよね。彼らがどういう人なのかというふうには理解はしてないけど、ある程度、部分的に感じているね。
監督:感じているということじゃないですか、そうじゃないと選べない。
監督:境界線はあまりないと思いますよ、そんなに。だから、自分の言葉をしゃべっていると僕は思って登場していただいた人たちも、意識してないと思うんですよね。ただ大ざっぱに言うと、流行ってる言葉とか、あるいは多くの人が問題にしている、そのときの言葉ってあるじゃないですか。憲法9条とか、集団的自衛権とか、女性の社会進出とかを語るときに、その言葉の話について、出回っている言葉もたくさんあるわけじゃないですか。すでにある言葉を組み合わせて僕らは会話をしているので、決まった組み合わせ方のほうが生活しやすい。
つまり、外れた組み合わせ方すると、「変だ、何かおかしいんじゃないか」と言われて生きにくい。多数派の言葉って言うのは、何となくはみ出さないような組み合わせをしていると意味です。組み合わせ方の問題です。
谷川:エッジが違うと思うけど。でも、自分のなかにも多数派の言葉入ってきちゃってますよね。だから、自分の言葉と多数派の言葉の区別がつかないっていうのは、すごいリアルだと思った。普通の人はみんなそうだと思う。それを自覚している、していないに関わらず。僕はやっぱり、少なくとも詩を書くときにはね、多数派の言葉も利用するけれども、できるだけ自分独自の言葉で書きたいというふうには思ってますね。
谷川:付き合ってみて、だんだん人柄が分かってきてさ、何か付き合いやすくていいなっていう感じだよね。
監督:そうなんですか?
谷川:はい。悪い?
監督:いえ、いえ。
谷川:何か、感覚がね、つまり、合ってるところがとても多いんですよ。彼の判断なんか見てると。だから、すごく気楽に付き合えるなと思って。これがいちいち違うとさ、やっぱり付き合いにくくなるじゃないですか。
監督:でも、その付き合いにくいってことで、付き合うとか付き合わないっていう意味で言えばね、付き合いにくいときは付き合わなくていいじゃないですか。映画は多くの人に見てもらいたいけど、多くの人に必ず気に入ってもらいたい、というふうには作ってないんですよ。そういう言い方が一番当たっていると思うんですけども、そういう映画なんですよ。
谷川:いや、好きですよ。面白い。音楽もいい、カメラはもちろんいい、登場人物が魅力的。監督はよくこういう映画を作れたなっていうのがありますね。運も良かったんじゃないかな、あの5人に会えたっていうのがね。
(text 冨永由紀)
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