1974年キエフ生まれ。キエフ国立演劇芸術学院を卒業。キエフのドヴジェンコ・フィルム・スタジオとサンクトペテルブルグのレンフィルム・スタジオに勤務。短編3作目となる『Deafness』(10年)では、聾唖者のための学校を舞台に初めて言葉のない実験的な映画に挑戦し、ベルリン映画祭にノミネートされた。『Nuclear Waste』(12年)でロカルノ映画祭で銀豹賞を獲得した。初の長編作品『ザ・トライブ』が物議を呼び、カンヌ国際映画祭では、批評家週間グランプリ、フランス4ヴィジョナリーアワード、ガン・ファンデーション・サポートの3賞を受賞した。
(C) KAZUKO WAKAYAMA
『ザ・トライブ』ミロスラヴ・スラボシュピツキー監督インタビュー
セリフも音もない映画でカンヌを驚愕させた気鋭監督
ろうあ者の寄宿学校に入学した少年が、校内にはびこる悪の組織(トライブ)に取り込まれ、頭角を現していく様子と激しい愛の行方を描いた『ザ・トライブ』。登場人物すべてがろうあ者で、声によるセリフは一切なし。音楽も使われず、手話だけで物語が進行していく異色の作品だ。セリフがないので、もちろん字幕もない。
2014年のカンヌ国際映画祭で物議を醸し、批評家週間グランプリほか3冠に輝いた本作について、ミロスラヴ・スラボシュピツキー監督に話を聞いた。
監督:子どもの頃に通っていた学校の前にろうあ者の学生の寄宿舎があって、彼らをよく見かけた。彼らのコミュニケーションの取り方、ジェスチャー、喧嘩の仕方などに惹きつけられた。僕にとっては特別な経験だった。そんな思い出があって、僕はいつしか映画的な視点で彼らのことを描きたい、彼らのボディランゲージを表現の手段とした作品を描きたいと思うようになった。
さらにリアリスティックな無声映画を作りたいという思いもあった。無声映画ではト書きによる字幕が出るけれど、僕はつねづねあれは必要ないと思っていた。画面を見ていれば理解できると思うから。短編を撮ったときに、すでにこのテーマでいつか長編も撮りたいというアイデアがあって、何度か浮かんでは消えた後、ロッテルダム映画祭でこの企画のファンドを得られることになって、2010年からやっと取りかかることができた。
監督:ヤナは以前から女優になりたいと思っていたそうだが、彼女の出身地であるベラルーシ共和国のホメリという地方には、劇団はなかった。それでウクライナのキエフに来て、聾唖の人々によるシアター・アカデミーに入ろうとしたが、適わなかった。そんなときこの映画のことを聞きつけたわけなんだ。僕はヤナをオーディションしてとても気に入ったけれど、その時点ではアナ役に合うかどうかすぐに確信がもてなかった。というのも僕の当初のイメージでは、アナは豊満でセクシュアルなタイプだったから。一方ヤナは痩せているし、シャイなほうだ。でも最終的には彼女に決めた。彼女ほど情熱的な女優は見たことがない。
監督:渋ったのは最初だけだった。というのも、ヤナの当時のボーイフレンドが、彼女が映画でヌードになるのを嫌がったんだ。それで僕は、この映画はポルノじゃないということを彼女に理解してもらうために、いろいろな映画を見せた。そのなかにはマイケル・ウィンターボトムの『9 Songs ナイン・ソングス』やアブデラティフ・ケシシュの『アデル、ブルーは熱い色』などがあったが、彼女がもっとも反応したのは『アデル』だった。この映画を見て以来、主演のアデル・エグザルホプロスはヤナのアイドルになった。それまで彼女のアパートの壁には口紅で、『○○(当時のボーイフレンドの名前)と結婚する』と書いてあったのに、この映画を見てからはそれが、『カンヌ国際映画祭に行く!』に変わった(笑)。実際この映画のキャストやスタッフのなかで、カンヌに行けると信じていたのは彼女だけだったと思う。
監督:もちろんとても嬉しかったよ。カンヌの上映には聾唖の人々もたくさん見に来てくれて、みんなとても興奮していた。彼らにとってこうした映画が作られて、それがカンヌで受け入れられることはある種、勝利のようなものだ。でも僕は一方で、つねにナーバスでもある。というのも僕自身としては、とくにハンディキャップの人々やマイノリティの立場にある人々についての映画を作ったという意識はないから。そういう場合、ポリティカリー・コレクトであることを求められるものだからね。でもカンヌで僕はある聾唖の青年に、この映画はかなりヴァイオレントだけどそれについてどう思うかと訊いたんだ。そうしたら彼は、「構うもんか。だってこれはフィクションじゃないか」と言っていたよ。
監督:すべてではないけれど、エピソードの多くは僕が実際に聞いたもの、あるいは新聞などで読んだものだ。たとえば堕胎のエピソードは、僕が年配の女性から聞いた事実に基づいている。以前はウクライナでは堕胎は禁止されていたから、闇で行うしかなかった。売春も存在する。ウクライナでは合法化されていないから、このビジネスは公には犯罪だけど、マフィアと警察が結託してコントロールしているという噂もある。
監督:現在のチェルノブイリを題材にした長編を準備中だ。じつは事故が起こった当時、僕の父親が政府関係の仕事をしていて、事故後に現地を訪れることができた。ふつうの人では立ち入ることのできないエリアや、原発施設の中にも入った。映画はそんな僕自身の実体験を元にしたものになる。
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