『クーキー』ヤン・スヴェラーク監督インタビュー

チェコの人気監督がへなちょこテディベア、クーキーの大冒険を語る!

#ヤン・スヴェラーク

クーキーの声は実の息子が担当! でも最初は泣いていやがっていた

ピンクのへなちょこテディベア、クーキーの大冒険を描いた人形アニメ『クーキー』。古くから人形劇の盛んな国、チェコから飛び出した可愛くてちょっと切なく、そして心温まる作品だ。

アカデミー賞外国語映画賞を受賞したチェコの人気監督ヤン・スヴェラークが手がけ、本国チェコでは『トイ・ストーリー3』を押さえる大ヒットに! 公開を前に来日したスヴェラーク監督に、本作の見どころを聞いた。

──この物語はどのように考えたのですか?

監督:脚本を書き始めたとき、父親として子どもに話すのにはどのような物語が良いかと考えていました。子どもはどんな話に興味を示すだろうかと。クーキーの物語は、かつて脚本家クリストファー・ハンプトン氏と、シャーンドル・マーライ原作の『灼熱』の映画化の仕事をしている時にふと思いつきました。私たちは1週間ほど外国を旅行しながら、彼は脚本を書き、私は彼の書いたものを1日に2回読んで意見するというようなことをしていました。自由時間が取れたときに、私は遊びの延長でクーキーの物語を書き始めました。結局『灼熱』は完成せず、その代わりにクーキーが生まれました。

ヤン・スヴェラーク監督(左)と、クーキーの声を担当した監督の実子、オンジェイ(右)

──実写とパペットを組み合わせたのはなぜですか?

監督:私は長い間、昆虫のような小さなものに焦点をあてた映画を作りたいと思っていました。葉っぱの間から差し込む光、空気中を舞っているタンポポの綿毛。いつも俳優がいなくなった後、そこで何が起こるかということを想像していました。過去にも自分の映画でそんなことを試みたことがありました。しかし上手くはいきませんでした。そこで、役者の大きさを変え、物語も小さな世界に入り込むような展開でないといけないのかもしれないと思ったのです。主役も小さくし、舞台に切り株を使い、ラズベリーの葉から漏れる光を掬い取ること、自然に存在しているたくさんの昆虫や、綿毛のようなものをしっかりと撮影すること、そうした方法が必要なことに気付いたのです。

──クーキーの声を息子さんのオンジェイ君が演じていますね。

監督:クーキーの持ち主であるオンドラ役にははじめから息子のオンジェイを起用したいと思っていました。しかし企画当初6歳だった彼は泣いて嫌がり、本人が楽しめなければ意味がないのでその時は断念しました。制作が本格的に動き出した2年後、もう一度オーディションに挑戦させると他の子に引けをとらない演技を見せたので、かねてからの私の希望もあって息子をキャスティングしました。ヘルゴットの声を演じたのは私の父であるズデニェク・スヴェラークです。わたしたち家族はお互いの事を信頼していますし、なによりも信頼を裏切らないという保証があります。作品を作る上で最も大事なものは信頼関係ですから、彼らにも他の役者と同じように接するよう心がけました。

苔の上に寝転んでパペットで遊ぶ。撮影は子どもの頃の感覚に似ていた
『クーキー』
8月22日より全国順次公開
(C)2010 Biograf Jan Sverak, Phoenix Film investments, Ceska televize a RWE.

──撮影はどうでしたか?

監督:今回の撮影は当初は35日間で行う予定でした。しかし最終的には100日間に延びてしまい、2008年の撮影開始以来いくつかの段階に分けて少しづつ行ってきました。最初に考えていたよりもはるかに大変な撮影だということがだんだん分かってきたのです。森の中に差し込む太陽の光は常に変化します。そのため、ロケセットの用意ができたらすぐに演者たちを集めてパペットを動かす、連日それを繰り返して各シーンを撮影していきました。しかし、季節が冬になった時、森にはすでに十分な太陽の光が差し込まなくなっていました。また、木々まで覆い尽くすような一面の雪が必要でした。クーキーはおとぎ話であり、私たちはすべてのシーンをよくできた童話のような世界にしたいと考えていました。もしおとぎ話に出てくるような木が撮影を行った森にあったなら、それは素晴らしい光景だったでしょう。しかし、現実にはそんな場所はひとつも見つかりませんでした。ですから、撮影はチェコ中を移動しながら行うことになってしまいました。

──過去の映画撮影と比べてより大変だったのはどんなことでしょうか?。

クーキーを手にしたヤン・スヴェラーク監督

監督:最初はしっかりした計画を立てていました。いつも映画撮影を一緒に行っている6名のクルーでやろうと考えていました。しかし最後の方には60人ものチームになってしまいました。ついにはこの映画撮影はこれまでもっとも大変だった私の作品『ダーク・ブルー』の3倍もの特殊効果を使うことになりました。当初は、CGを使うのはパペットを動かしているワイヤーを消すくらいだと考えていました。しかし、実際には各ショットを合わせる際にも使うこととなり、実際の森の中で撮影したシーンと、スタジオの中でグリーンバックを使い操作したパペットの柔軟な動きを組み合わせることが可能となりました。
リス、ハリネズミ、小鳥、キツネ、蝶、トンボ、ハチ、ハエ、犬などたくさんの動物たちとの撮影を行いましたが、彼らとパペットとのシーンをリアルなものにするためにもCGが役立ちました。撮影の時は、彼らが私のイメージに合うように動いてくれるまでスタッフは何時間も待ち、辛抱強く記録してくれました。

──この映画のテーマは「子どもの時代に帰ろう」ですが、監督の子ども時代の経験が反映されているのでしょうか?

監督:森の中で撮影をしながら、子どもの頃に遊んでいたときの感覚に似ているなとぼんやり思っていました。コケの上に寝転んでパペットで遊ぶ……。100日間もそんな遊びを繰り返してしまいましたが、そう思わなければこの撮影は普通の長編映画よりもはるかに大変に感じたでしょう。人間の俳優なら頭をかくとき自分でやれば済みます。しかしこの映画では、頭をかくだけで少なくとも2人の人形劇俳優が必要で、ワイヤー、ナイロンの糸、コンピューター、そしてたくさんの忍耐が必要だったのです。

ヤン・スヴェラーク
ヤン・スヴェラーク
Jan Sverak

1965年2月6日生まれ。 チェコスロバキア出身。プラハの映画大学で映画制作を学び、在学中から短編作品やテレビ映画を手がけた。雪山の屋敷に閉じ込められた2人の老女を描く短編『Vesmirna Odysea II』(86年)でアメリカ映画へオマージュを捧げ、一躍注目を浴びる。テレビの恐ろしいパワーを描いたアクション・ファンタジー『アキュムレーター1』(94年)は、当時としてはチェコ映画では最高額の予算で製作され、94年のヴェネチア国際映画祭や当時のゆうばり国際冒険・ファンタスティック映画祭などでも賞を受賞。また自国でもヒットとなり、最も人気のある作品に贈られるチェコ・ライオン賞を受賞した。同年、大学時代の友人と脚本を書き上げた『Jizda』を超低予算映画として製作。カルト的な人気を得た作品となり、チェコの劇場でロングランの大ヒットを記録した。『コーリャ 愛のプラハ』(96年)ではアカデミー賞最優秀外国語賞を受賞。続く次回作『ダーク・ブルー』(01年)はチェコ映画最大の製作費をかけた作品としても有名。