『ノー・エスケープ 自由への国境』ホナス・キュアロン監督インタビュー

メキシコ人の気鋭監督が発する、憎しみが蔓延する社会への“警告”

#ホナス・キュアロン

国境があるから娘に会えないというのはおかしな話

「国境に壁を作る」トランプ米国大統領の発言により世界中から注視されることとなったアメリカ・メキシコ間の国境線。その緊張に満ちた地帯を舞台にした緊迫のサバイバル・エンタテインメント『ノー・エスケープ 自由への国境』が5月5日より公開される。

息子に会うためにアメリカを目指す男をはじめ、メキシコからの不法入国を試みる15人が、正体不明の襲撃者から狙撃され始める! 摂氏50度の砂漠で突如始まった逃走劇の行方は−−?

アカデミー賞受賞作『ゼロ・グラビティ』のスタッフが送る88分のドラマを監督したのは、名匠アルフォソ・キュアロン監督の息子でもあるホナス・キュアロン。脚本・編集・製作も兼務したホナス・キュアロン監督に話を聞いた。

──旅行中、耳にした移民の話を聞いて本作を作ろうと思ったと聞きました。

『ノー・エスケープ 自由への国境』
(C)2016 STX Financing, LLC. All Rights Reserved.

監督:10年ほど前、弟と一緒にアリゾナ州を旅をしたのですが、その時からアメリカでは「反移民」が政治のレトリックになっていて、ラジオでもそういった話がたくさん放送されていました。そこからこのトピックに興味を持つようになって、色々な話を耳にしていたので、どれかひとつのエピソードに影響を受けているということはないのですが、印象に残っているものを話すなら、ニューヨークで出会ったある女性が1歳の娘を置いてメキシコからニューヨークに飛び立った。という話です。国境があるために、娘に会えないというのはおかしな話だなと思った覚えがあります。

──何度も聞かれてうんざりしているかもしれませんが、「メキシコで移民の話」と聞くと、すぐにトランプ大統領や「壁」を思い浮かべてしまいます。大統領やアメリカの政策についてのお気持ちを教えて下さい

監督:脚本を書き始めたのは10年前になりますが、当時から反移民的な強い流れはありました。たくさんの政治家が反移民的な発言をもって、当選しようとしていたわけです。それがきっかけで今回の脚本を書き始めたのですが、これだけ時間がかかってしまったので、(主演の)ガエル(・ガルシア・ベルナル)には「時間かかりすぎだよ、この作品が公開される頃にはもう移民問題もなくなってるぞ」とからかわれていました(笑)。
 しかし残念ながら、移民問題は現実には昔よりもはるかに重要なトピックとなっていて、ちょうどこの作品がトロント映画祭で上映される直前にトランプが大統領選に出馬表明をし、メキシコ人に対して非常に差別的な発言をしました。今、アメリカとメキシコだけではなく世界中で移民政策が話題となっていますが、だからこそ、映画は純粋なアクションにして、セリフも最小限に抑えた形にしました。そうすることによって、世界中の人に伝わるものにしたかったんです。

──撮影は大変でしたか?

監督::大変でしたが、(笑)半分は僕のせいです! 僕はハイキングが好きで、絶景が見たくてバックパックを背負って水を持って、歩いてロケハンをしました。ようやくロケ地を決めてここで撮ろうと言ったら、プロデューサーから嫌な顔をされました(笑)。これだけ大掛かりなことをやったことはなかったのであまり深く考えていなかったのですが、僕が選んだ場所は相当に辺鄙なところで、駅から3時間もかかるし、移動も大変。電波が届かず携帯も使えない。照明もたけない。蛇も出るし……。
 撮影で一番大変なのはアクションや犬のシーンだと考えていましたが、本当は砂漠に対するあれこれが最も大変でした。

撮影が困難を極めたのは僕のせい(笑)
父親のアルフォンソ・キュアロン監督(左)とホナス・キュアロン監督(右)

──映画の仕事についたのは、お父様(アルフォンソ・キュアロン監督)の影響ですか?

監督:当たり前ですが、父は映画に夢中な人だったし、小さい頃からずっと映画の話を聞かされてきました。 ただ、息子は父親に逆らうものだから、最初は映画に興味がなかったけれど、大学で英米文学を学んでいた時、当時美術史を専攻していた今の妻と出会ったんです。それで、子どもの時に父親に見せられた映画を、「あれも見ろこれも見ろ」と妻にも見せられたんです。その時に、やっぱり自分は映画が好きなんだと再認識しました。物書きになりたいと思っていたけれど、映画でも物語を語ることはできるんじゃないかと。それを聞いた父親はびっくりしていましたが、映画好きな父親やその友だちに囲まれて暮らしていたんだから、当然といえば当然のことなんですよね。

──日本での公開は『ゼロ・グラビティ』の方が先ですが、作られたのは本作が先です。本作をお父様が高く評価し「私もこういう映画を作りたい」と言って『ゼロ・グラビティ』が作られたと聞きますが、素晴らしい映画人であるお父様からそこまで評価されたお気持ちは?

監督:父から評価されているのかは正直わからないですね。たまたまテイストが似ているのかもしれないし……。この映画も、スピルバーグ監督の『激突!』や(ロシアの)アンドレイ・コンチャロフスキー監督の『暴走機関車』からインスピレーションを受けて書きましたが、それらも父の影響で見た映画だから。家族だから意識が向かう方向性が一緒なのかもしれない。

『ノー・エスケープ 自由への国境』
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──プライベートでは、お父様とどんな風に接しているのですか?

監督:僕はアメリカとメキシコを行き来し、父はヨーロッパに住んでいるのでなかなか一緒にはいられないのですが、移動中でも近くにいても密に連絡は取り合う関係です。『ゼロ・グラビティ』では4年間ずっと一緒にいなければいけなかったのですが、じっくり父や兄弟との時間がもてて、孫の顔もたくさん見せることができて、本当によかったと思っています。父とコラボレーションするのはもちろん彼が偉大な映画監督であり、僕のメンターであるからですが、共同作業をすると一緒に過ごせる口実ができるので、いいんですよね。

憎しみが蔓延する結果を描いた寓話だと思ってほしい
『ノー・エスケープ 自由への国境』
(C)2016 STX Financing, LLC. All Rights Reserved.

──あなたやお父様、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督など、最近はメキシコ出身の映画人の活躍がとても目立つ気がします。メキシコからなぜ多くの逸材が出ているのだと思いますか?

監督:僕にはよくわからないのですが、経験上の話をすると、メキシコの映画業界にはみんな緊密に協力し合う体制ができていると思います。『ノー・エスケープ 自由への国境』を作る際も、尊敬するフィルムメーカーたちが脚本を読んで意見をくれました。お互い手助けする、という慣習が僕らの業界にはあるのです。

──本作のメキシコ国内での反応を教えてください。

監督:成績もよくて好評でした。描いている社会問題に対する意識が高いのもあると思いますが、そのテーマに関心がなくても、純粋にジャンルムービーとして楽しんでくれていたように見えました。

──最後に、日本の映画ファンへのメッセージをお願いします。

監督:この映画は移民というとてもタイムリーなテーマを扱っていますが、ひとつの「寓話」として、そして、憎しみがこれ以上蔓延したならばこうなるかもしれないというひとつの「警告」としてとらえてもらえればと思います。また、もしそういった内容に関心がなくても、純粋に恐怖を感じる映画としても楽しんでもらえるはずです。最後まで手に汗握るハラハラドキドキの展開です。ぜひ友だちと見に行って、どっちがより絶叫するか、楽しんでもらえればと思います。

ホナス・キュアロン
ホナス・キュアロン
Jonas Cuaron

1981年生まれ、メキシコ出身。父親は、『天国の口、終りの楽園。 』(01年)、『ゼロ・グラビティ』(13年)などを手がけたアルフォンソ・キュアロン監督。本作で商業映画監督デビュー。『ゼロ・グラビティ』では、父親と共に脚本を手がけた。現在は、本作にも主演したガエル・ガルシア・ベルナル主演の『怪傑ゾロ』を製作中。