『108〜海馬五郎の復讐と冒険〜』松尾スズキ監督☓中山美穂インタビュー

くだらなく、それでいてなんとも深い、大人の喜劇

#中山美穂#松尾スズキ

結婚って一生ものでもないんだな、と(松尾スズキ監督)

売れっ子の脚本家・海馬五郎はある日、妻がSNS上で他の男への恋心を書き綴っていることを知ってしまう。投稿には108もの「いいね!」が付けられていた。激怒した海馬は咄嗟に離婚を決意、さらに資産をつぎ込んで「いいね!」の数と同じ人数=108人の女を抱くというめちゃくちゃな復讐を企てる。

『108〜海馬五郎の復讐と冒険〜』で脚本、監督、主演を務めたのは、主宰する大人計画が昨年30周年を迎えた松尾スズキ。元女優だが今は引退して主婦になっている海馬の妻・綾子を中山美穂が演じる。

なんともくだらなく、それでいてなんとも深い、大人の純情を感じさせる喜劇を作り上げた2人に話を聞いた。

──同じドラマに出演していた時、松尾さんがこの映画の構想を中山さんに話されたそうですね。

松尾:偶然なんです。源孝志監督という、中山さんは何本かやったことのある方で、僕は初めてで。気使ってくれてたんでしょうね。京都の夜で。

中山:そうですね。

松尾:僕も人見知りなんで、何をしゃべっていいかわからなくて。その時、『108』のシナリオはあるんだけど、配給会社が決まらない時期だったんです。そこで悶々としていることをちょっとしゃべったんです。「こんな話があるんだ。ばかばかしいでしょ」って。

中山:そう。でも面白そうって。ひたすら面白そうだなと思いました。私もここまでぶっ飛んだ役はあまりやったことがなかったですから。ちょうど京都でずっと着物を着てるお仕事だったので、逆にすごく魅力的に感じました。

松尾:この映画の中でも、かなりばかばかしい部分ばかり抜粋してしゃべってました。

──海馬五郎の父親が入院している病室のシーンだったそうですが、あの場面には生も死もあり、人間の全てが詰めこまれているのと同時にスラップスティックな笑いも入ってきて、すごくカオスを感じます。

松尾スズキ(右)と中山美穂(左)

中山:ほんとに。わかる。

松尾:あのシーンを受け入れられるか受け入れられないかで、この映画の評価が決まるような気がしますよね。

中山:でも、どのシーンもそうですよね。

松尾:そうですか。

中山:だからすごく絶妙なバランスで演出されてると思うし、作り込んでると思う。どれかが駄目だったら、全部駄目じゃないですか。その点で、すごくパーフェクトだなと思う。

松尾:そこまで言っていただいて。

──本当にきわきわのバランスで。

中山:セーフっていうか(笑)。

──松尾さんが大人計画を始められて30周年ですが、集大成的な意味も込めた作品なんでしょうか。

松尾:大人計画30周年っていうのは、実は念頭にはなかったですね。5年ぐらい前に考えてた話なんで。

──夫婦というテーマを選んだきっかけは何だったんでしょうか。

松尾:たまたまそのころ再婚しようと思ってた人がいて、「2度結婚するってどういうことなんだろうな」と。結婚って一生ものだと思ってするわけじゃないですか。

中山:一応。

松尾:それがそうでもないんだな、と2度目の結婚について考えるわけですよね。人間と契るっていうことは、ここまでも瓦礫に化すこともあるんだと知っているからこそなんですけど。だから、たまたまその自分が主役でやる映画のことを考えていて、そのことで悩みに陥る人、しかもそれが笑いに変わるような話を思いついたんでしょうね。

──中山さんはどう思われますか?

中山:綾子さんはほとんど彼の妄想の中で、はちゃめちゃやっちゃってる感じですからね。

──実際にオファーが来たとき、出演を即決されたんでしょうか?

中山:気持ちはすごくやりたい、と思いました。ただ服を脱いだりすることに抵抗ないわけじゃなくて。どんなふうに撮られるのかなと考えました。

松尾:いや、それはもう、当然のことだと思いますよ。

中山:それでお話しさせていただいて。「絶対大丈夫だから。絶対いい作品になるから」とおっしゃられたので、そこはかっこいいなと思って。

松尾:それは詭弁でもなく、何か自信があったんですよね。

中山:ほんとに自信持たれてる感じでおっしゃいましたよ。

松尾:厚かましいです。

中山:いやいや、言えるってすごい、すごい。

──俳優の立場としてはすごく安心できるところじゃないですか。

中山:安心できます。

──中山さんの潔さもすごく印象に残るんです。女優としても、人としての潔さみたいなのをすごく感じて。

中山:あ、そうですか。

──今まで勝手に抱いてたイメージが一新されました。松尾さんは、京都でお話しした時に「綾子だ」と思われたりしたんですか。

松尾:いやいやいや。やってくれるなんて、まさか思ってないですから。頭の片隅に「もし中山さんがやってくれたら、僕もそんなメジャーな人間じゃないから、バランスが良くていいな」というすけべ心もちょっとあったのかもしれないけど。何しろ酔っぱらっていたし、初対面で緊張してたから。覚えてないことが多くて。

中山:松尾さん、あんまりいろいろ覚えてないんですよ。

松尾:いや、すいません。

──先ほどおっしゃったように、海馬五郎の妄想の中で綾子は弾けまくるので、強烈なシーンばかりです。演じるにあたって、どう臨まれましたか?

中山:決めてからは、もう全然。ほんとに潔くというか、飛び込んでいきました。

──イメージが壊れるっていうような不安は?

中山:そこは全くなかったです。ある意味、「中山美穂」というイメージをもし皆さんお持ちだとしたら、そのイメージがこの作品を邪魔しなければいいなと思いました。

──逆に?

中山:うん。逆に。

──中山さんとしては、作品に貢献することが最優先なんですね。

中山:はい。そのつもりです。

松尾:そこが僕はすごく頼もしくて。監督として、中山美穂の扱いに悩むっていうことがまずなかった。たまにそういうこともありますから。撮影前に「扱いに悩むような事態になったら、大変なことになるぞ」と思ってたんですけど、一切なかった。逆に、こんなに悩まなくて大丈夫なんですか?という悩みがありました。

中山:楽しかったです。現場にいるの。

──松尾さんの立場としては、監督であり主演であり、というのは重責だと思います。

松尾:自分がやってきたスタイルではあるんですけど、ここまでがっちりというのはなかったですね。現場が大変になるのは分かってたんで、事前のリハーサルとか、カット割りの準備をしっかりやってたんですよ。中山さんにも何度か来てもらって「こういう感じになりますよ」というのは提示して。安心材料になればというのもあったし。

──中山さんは、相手役が監督という状況もちょっと特殊かなという気もします。

中山:うん、確かに。でも何ていうのかな、役者の顔と監督の顔がご本人の中で切り替わってたのかもしれないですけど、全く違和感なく現場にいらしたので、すごく自然でした、私にとっては。本来なら不思議だと思うんですけどね。唯一無二っていうか、ほんとに独特というか。存在がもう、ワールドなんですよね。

松尾:ワールド?

中山:うん。ワールドなんです。ワールド。

松尾:存在がワールド(笑)。

夫婦という形にこだわらなくても、支え合っていくだけで十分じゃないかな(中山美穂)
──この映画が面白いのは、ありがちな夫婦の話にならなかったところです。夫婦の危機の物語って、ある種の予定調和に収まりがちですが、これはそうならなくて。「どうなるんだ」と思わされます。

松尾スズキ

松尾:でも答えが出ないのが夫婦生活なのかなっていう気もしますしね。あがりっていうのは、そんなに見えないというか。まあ、離婚したら1回あがりなんですけど。でも「添い遂げたからといって何になる」みたいな結婚だってあるでしょうし。だから、続けたからといってゴールなのか、それが見えないっていう不可思議なものだなと僕は思うんです。普通の夫婦だったら、結婚して子どもを産んで立派に育ててっていうのがゴールなんでしょうけど、育てたからといって人生が終わるわけじゃないから。そこから先の謎っていうのもあるじゃないですか。その謎については、僕はまだ未経験なんで。映画の中では答えを出すことはできないなと思ったんですよね。

──中山さんはどう思われますか?

中山:すごく切ないと思いました。映画を見たら、皆さん「この先、この夫婦どうなるんだろう」と想像されるでしょうけど。それもいろいろあるんでしょうね。

──そのうえで、おふたりにお聞きしたいのですが、夫婦って何でしょう?

中山美穂

中山:(松尾に)先輩。

松尾:うーん。男と女がつがうことじゃないですか。夫婦という形の何かを2人で作ってるんですよね。2人の間に夫婦という言葉があるのか、形があるのか分からないですけど、そういうものが倒れないように支え合うものだと思うんだけど。支え合う理由が2人にある。その理由がなくなった途端にガラッと、いとも簡単に崩れてしまうような気もする。でも、人によって捉え方が違うんじゃないですか。
 岡本太郎と敏子みたいに、入籍もしないでお互いを尊敬し合ってみたいな形は理想的だなとは思うんですけど、あそこまでかたくなに籍を入れないで養子という形にするのも不思議だなとは思うんですけどね。
 今、事実婚も出てきてますし、捉え方がまた一つ変わる時代なんじゃないかなとも思うし。僕みたいに子どもを作らないで、そのままただつがうだけで生きていく夫婦もあるだろうし、転換期なんじゃないかなという気はします。

中山:昭和の時代とかそれ以前だったら、夫婦で添い遂げて一生生きていくのはすごく美しかったと思うんですけど。今は私そんなに、夫婦という形にこだわらなくても、さっきおっしゃったように、一緒にいられればそれでいいっていう。別に、一緒にいて、支え合っていくだけで十分じゃないかなと思うんです。

松尾:それこそフランスとかは、そういうカップルが多いんでしょ。

中山:うん。多いですね。

──今回の作品は R18+指定で過激な描写もあり、海馬五郎や綾子の行動も、乱暴に表現すると「罰当たり」です。一方、今の世の中はおしなべて、お行儀の良さが求められる気がします。そういうご時世にこの映画を出すのは、勇気が要るのではないでしょうか。

松尾:だからテレビじゃないんですよね、やることが。映画でやることに意義がある。それこそ、見なきゃいいだけの話なんで。元来、映画ってお行儀の悪いことが面白いじゃないですか。日本の昔の映画にもそういう作品はいっぱいあったし。その時代その時代で価値観は変わるし、男性と女性の立場もだいぶ変わってきてると思うし。

──中山さんはどうですか?

中山:私はもう、付いていっただけですから(笑)。

松尾:俺のせい、でいいです(笑)。

中山:だからこそ、げらげら笑えるんだろうと思う。真面目な、お行儀のいい人が見ても、げらげら笑えるっていう良さもあるとは思うんですよね。

──最後に、年を重ねていくことについてお聞きしたいです。今回の作品を見ていても、おふたりとも年を追うごとに、どんどん自由になっていってるような印象を受けます。

松尾:逆に言うと、昔みたいに、あえて過激にやってやろうとか、あえて不道徳なことを入れてやろうという欲もないんですよね。ただ自然に面白いことをやろうとしたらこうなっちゃったっていうだけで。ただ、自由っていうのは、やっぱり今の日本だからこそ考えちゃいますね。聖域がどこかにないと息が詰まってしまう。そこが劇場だったり、映画館だったりするのかなと思います。

中山:私も、何かこだわりがなくなってきたというか。若いときってやっぱり頭でっかちで、「ああしなきゃ、こうしなきゃ」と考えていました。今はどんどん、どんどん削がれていってるような気はしますね。

──ではもうこだわりなくいろんなことに。

中山:そう。もうそのうち飛んでっちゃうと思う(笑)。

(text:冨永由紀/photo:小川拓洋)

中山美穂
中山美穂
なかやま・みほ

1970年生まれ、東京都出身。1985年にドラマ・CDデビューし、同年の日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞。日本レコード大賞・ゴールドディスク大賞など各賞を受賞。女優としても数多くの映画、ドラマに出演。1995年、『Love Letter』でブルーリボン賞ほか各映画賞で最優秀主演女優賞を受賞。1998年の『東京日和』で日本アカデミー賞優秀主演女優賞受賞。映画は『サヨナライツカ』(10年)、『新しい靴を買わなくちゃ』(12年)、『蝶の眠り』(18年)に出演、ドラマの近作は『貴族探偵』(17年)、NHKBSプレミアムドラマ『平成細雪』(18年)『黄昏流星群』(共に18年)、フジテレビ開局60周年特別企画『コンフィデンスマンJP 運勢編』(19年)などに出演。2016年には初舞台「魔術」に出演。12月4日にニューアルバム「Neuf Neuf」を発売。

松尾スズキ
松尾スズキ
まつお・すずき

1962年生まれ、福岡県出身。1988年、舞台「絶妙な関係」で大人計画を旗揚げし、主宰として数多くの作品の作・演出を務める。1997年、「ファンキー!〜宇宙は見える所までしかない〜」で第41回岸田國士戯曲賞受賞。2004年に『恋の門』で映画監督デビュー。映画は『female 夜の舌先』(05年)、『ユメ十夜 第六夜』(07年)、原作小説も手がけた『クワイエットルームにようこそ』(07年)の監督・脚本、『ジヌよさらば〜かむろば村へ〜』(15年)では監督・脚本・出演。2008年、『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』で第31回日本アカデミー賞最優秀脚本賞受賞。12月からは、芸術監督に就任するBunkamuraシアターコクーン他でミュージカル「キレイ–神様と待ち合わせした女–」が再々々演。