1970年生まれ、東京都出身。1985年にドラマ・CDデビューし、同年の日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞。日本レコード大賞・ゴールドディスク大賞など各賞を受賞。女優としても数多くの映画、ドラマに出演。1995年、『Love Letter』でブルーリボン賞ほか各映画賞で最優秀主演女優賞を受賞。1998年の『東京日和』で日本アカデミー賞優秀主演女優賞受賞。映画は『サヨナライツカ』(10年)、『新しい靴を買わなくちゃ』(12年)、『蝶の眠り』(18年)に出演、ドラマの近作は『貴族探偵』(17年)、NHKBSプレミアムドラマ『平成細雪』(18年)『黄昏流星群』(共に18年)、フジテレビ開局60周年特別企画『コンフィデンスマンJP 運勢編』(19年)などに出演。2016年には初舞台「魔術」に出演。12月4日にニューアルバム「Neuf Neuf」を発売。
売れっ子の脚本家・海馬五郎はある日、妻がSNS上で他の男への恋心を書き綴っていることを知ってしまう。投稿には108もの「いいね!」が付けられていた。激怒した海馬は咄嗟に離婚を決意、さらに資産をつぎ込んで「いいね!」の数と同じ人数=108人の女を抱くというめちゃくちゃな復讐を企てる。
『108〜海馬五郎の復讐と冒険〜』で脚本、監督、主演を務めたのは、主宰する大人計画が昨年30周年を迎えた松尾スズキ。元女優だが今は引退して主婦になっている海馬の妻・綾子を中山美穂が演じる。
なんともくだらなく、それでいてなんとも深い、大人の純情を感じさせる喜劇を作り上げた2人に話を聞いた。
松尾:偶然なんです。源孝志監督という、中山さんは何本かやったことのある方で、僕は初めてで。気使ってくれてたんでしょうね。京都の夜で。
中山:そうですね。
松尾:僕も人見知りなんで、何をしゃべっていいかわからなくて。その時、『108』のシナリオはあるんだけど、配給会社が決まらない時期だったんです。そこで悶々としていることをちょっとしゃべったんです。「こんな話があるんだ。ばかばかしいでしょ」って。
中山:そう。でも面白そうって。ひたすら面白そうだなと思いました。私もここまでぶっ飛んだ役はあまりやったことがなかったですから。ちょうど京都でずっと着物を着てるお仕事だったので、逆にすごく魅力的に感じました。
松尾:この映画の中でも、かなりばかばかしい部分ばかり抜粋してしゃべってました。
中山:ほんとに。わかる。
松尾:あのシーンを受け入れられるか受け入れられないかで、この映画の評価が決まるような気がしますよね。
中山:でも、どのシーンもそうですよね。
松尾:そうですか。
中山:だからすごく絶妙なバランスで演出されてると思うし、作り込んでると思う。どれかが駄目だったら、全部駄目じゃないですか。その点で、すごくパーフェクトだなと思う。
松尾:そこまで言っていただいて。
中山:セーフっていうか(笑)。
松尾:大人計画30周年っていうのは、実は念頭にはなかったですね。5年ぐらい前に考えてた話なんで。
松尾:たまたまそのころ再婚しようと思ってた人がいて、「2度結婚するってどういうことなんだろうな」と。結婚って一生ものだと思ってするわけじゃないですか。
中山:一応。
松尾:それがそうでもないんだな、と2度目の結婚について考えるわけですよね。人間と契るっていうことは、ここまでも瓦礫に化すこともあるんだと知っているからこそなんですけど。だから、たまたまその自分が主役でやる映画のことを考えていて、そのことで悩みに陥る人、しかもそれが笑いに変わるような話を思いついたんでしょうね。
中山:綾子さんはほとんど彼の妄想の中で、はちゃめちゃやっちゃってる感じですからね。
中山:気持ちはすごくやりたい、と思いました。ただ服を脱いだりすることに抵抗ないわけじゃなくて。どんなふうに撮られるのかなと考えました。
松尾:いや、それはもう、当然のことだと思いますよ。
中山:それでお話しさせていただいて。「絶対大丈夫だから。絶対いい作品になるから」とおっしゃられたので、そこはかっこいいなと思って。
松尾:それは詭弁でもなく、何か自信があったんですよね。
中山:ほんとに自信持たれてる感じでおっしゃいましたよ。
松尾:厚かましいです。
中山:いやいや、言えるってすごい、すごい。
中山:安心できます。
中山:あ、そうですか。
松尾:いやいやいや。やってくれるなんて、まさか思ってないですから。頭の片隅に「もし中山さんがやってくれたら、僕もそんなメジャーな人間じゃないから、バランスが良くていいな」というすけべ心もちょっとあったのかもしれないけど。何しろ酔っぱらっていたし、初対面で緊張してたから。覚えてないことが多くて。
中山:松尾さん、あんまりいろいろ覚えてないんですよ。
松尾:いや、すいません。
中山:決めてからは、もう全然。ほんとに潔くというか、飛び込んでいきました。
中山:そこは全くなかったです。ある意味、「中山美穂」というイメージをもし皆さんお持ちだとしたら、そのイメージがこの作品を邪魔しなければいいなと思いました。
中山:うん。逆に。
中山:はい。そのつもりです。
松尾:そこが僕はすごく頼もしくて。監督として、中山美穂の扱いに悩むっていうことがまずなかった。たまにそういうこともありますから。撮影前に「扱いに悩むような事態になったら、大変なことになるぞ」と思ってたんですけど、一切なかった。逆に、こんなに悩まなくて大丈夫なんですか?という悩みがありました。
中山:楽しかったです。現場にいるの。
松尾:自分がやってきたスタイルではあるんですけど、ここまでがっちりというのはなかったですね。現場が大変になるのは分かってたんで、事前のリハーサルとか、カット割りの準備をしっかりやってたんですよ。中山さんにも何度か来てもらって「こういう感じになりますよ」というのは提示して。安心材料になればというのもあったし。
中山:うん、確かに。でも何ていうのかな、役者の顔と監督の顔がご本人の中で切り替わってたのかもしれないですけど、全く違和感なく現場にいらしたので、すごく自然でした、私にとっては。本来なら不思議だと思うんですけどね。唯一無二っていうか、ほんとに独特というか。存在がもう、ワールドなんですよね。
松尾:ワールド?
中山:うん。ワールドなんです。ワールド。
松尾:存在がワールド(笑)。
松尾:でも答えが出ないのが夫婦生活なのかなっていう気もしますしね。あがりっていうのは、そんなに見えないというか。まあ、離婚したら1回あがりなんですけど。でも「添い遂げたからといって何になる」みたいな結婚だってあるでしょうし。だから、続けたからといってゴールなのか、それが見えないっていう不可思議なものだなと僕は思うんです。普通の夫婦だったら、結婚して子どもを産んで立派に育ててっていうのがゴールなんでしょうけど、育てたからといって人生が終わるわけじゃないから。そこから先の謎っていうのもあるじゃないですか。その謎については、僕はまだ未経験なんで。映画の中では答えを出すことはできないなと思ったんですよね。
中山:すごく切ないと思いました。映画を見たら、皆さん「この先、この夫婦どうなるんだろう」と想像されるでしょうけど。それもいろいろあるんでしょうね。
中山:(松尾に)先輩。
松尾:うーん。男と女がつがうことじゃないですか。夫婦という形の何かを2人で作ってるんですよね。2人の間に夫婦という言葉があるのか、形があるのか分からないですけど、そういうものが倒れないように支え合うものだと思うんだけど。支え合う理由が2人にある。その理由がなくなった途端にガラッと、いとも簡単に崩れてしまうような気もする。でも、人によって捉え方が違うんじゃないですか。
岡本太郎と敏子みたいに、入籍もしないでお互いを尊敬し合ってみたいな形は理想的だなとは思うんですけど、あそこまでかたくなに籍を入れないで養子という形にするのも不思議だなとは思うんですけどね。
今、事実婚も出てきてますし、捉え方がまた一つ変わる時代なんじゃないかなとも思うし。僕みたいに子どもを作らないで、そのままただつがうだけで生きていく夫婦もあるだろうし、転換期なんじゃないかなという気はします。
中山:昭和の時代とかそれ以前だったら、夫婦で添い遂げて一生生きていくのはすごく美しかったと思うんですけど。今は私そんなに、夫婦という形にこだわらなくても、さっきおっしゃったように、一緒にいられればそれでいいっていう。別に、一緒にいて、支え合っていくだけで十分じゃないかなと思うんです。
松尾:それこそフランスとかは、そういうカップルが多いんでしょ。
中山:うん。多いですね。
松尾:だからテレビじゃないんですよね、やることが。映画でやることに意義がある。それこそ、見なきゃいいだけの話なんで。元来、映画ってお行儀の悪いことが面白いじゃないですか。日本の昔の映画にもそういう作品はいっぱいあったし。その時代その時代で価値観は変わるし、男性と女性の立場もだいぶ変わってきてると思うし。
中山:私はもう、付いていっただけですから(笑)。
松尾:俺のせい、でいいです(笑)。
中山:だからこそ、げらげら笑えるんだろうと思う。真面目な、お行儀のいい人が見ても、げらげら笑えるっていう良さもあるとは思うんですよね。
松尾:逆に言うと、昔みたいに、あえて過激にやってやろうとか、あえて不道徳なことを入れてやろうという欲もないんですよね。ただ自然に面白いことをやろうとしたらこうなっちゃったっていうだけで。ただ、自由っていうのは、やっぱり今の日本だからこそ考えちゃいますね。聖域がどこかにないと息が詰まってしまう。そこが劇場だったり、映画館だったりするのかなと思います。
中山:私も、何かこだわりがなくなってきたというか。若いときってやっぱり頭でっかちで、「ああしなきゃ、こうしなきゃ」と考えていました。今はどんどん、どんどん削がれていってるような気はしますね。
中山:そう。もうそのうち飛んでっちゃうと思う(笑)。
(text:冨永由紀/photo:小川拓洋)
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