1973年8月25日生まれ、ドイツのハンブルク出身。両親はトルコ移民。元々は俳優志望だったが、ハンブルク造形芸術大学へ進学後、監督に転身。長編初監督作“ Kurz und schmerzlos”(98年)で注目を浴び、『愛より強く』(04年)で第54回ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞。『そして、私たちは愛に帰る』(07年)で第60回カンヌ国際映画祭脚本賞を、『ソウル・キッチン』(09年)で第66回ヴェネチア国際映画祭審査員特別賞を受賞し、30代にしてベルリン、カンヌ、ヴェネチアの世界三大映画祭主要賞受賞の快挙を成し遂げる。『女は二度決断する』(17年)ではダイアン・クルーガーにカンヌ国際映画祭主演女優賞をもたらし、第75回ゴールデングローブ賞外国語映画賞を受賞。
ドイツの名匠ファティ・アキン監督。『女は二度決断する』でゴールデングローブ賞外国語映画賞を受賞したほか、世界三大国際映画祭の全てで主要賞を受賞した彼の最新作『屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ』が2月14日のバレンタインデーより公開される。
敗戦の色濃い1970年代ドイツに実在した連続殺人鬼の物語で、平凡な男が次々と女を殺していく恐怖に身の毛がよだつ。そんな本作について、ファティ・アキン監督が語った。
監督:それがフリッツ・ホンカを私にとってより身近にしました。私にとって、ホンカは『羊たちの沈黙』(91年)のハンニバル・レクターのようなシリアルキラーではありません。私の近所に住んで、その痕跡を残している実在の人物です。子どもの頃に「気をつけないと、ホンカに捕まるぞ!」とよく言われました。彼は私の子ども時代にとってのおばけだったのです。
監督:インドの哲学者ジッドゥ・クリシュナムルティの「未来は今だ」という言葉からアプローチしました。今日の私たちの姿が、私たちの未来を形作ります。つまり、私たちは未来であり、過去の結果でもあります。本作で描いたフリッツ・ホンカは個人の肖像であり、彼が犯した殺人は社会的な状況で説明することはできません。また、殺された女性たちが失踪したときに何故誰も探さなかったのか、と思う人もいるでしょう。実は、同じようなことが今でも起きています。たったひとりで亡くなり、何週間も放置され、悪臭によって初めて、誰かがその死に気づく。この映画は過去の物語ですが、今日起きるかもしれない話なのです。
監督:ハインツ・ストランクの小説「The Golden Glove」が本作を作るきっかけのひとつですが、この小説が多くを導いてくれました。この小説は文学的な偉業を成し遂げています。というのも、シリアルキラーの物語にも関わらず、私にある種の感情移入をさせたからです。この小説の根底にはホンカへの同情があります。映画では、ホンカの出自やいかに彼が幼少期に肉体的・精神的に虐待を受けていたかを語りません。私は彼の残虐行為に対して弁明を求めたくありません。しかし小説がホンカに与えた人間性を映画でも捉えようとしました。また、主演ヨナス・ダスラーによる素晴らしい演技も、観客の心を惹きつけた理由のひとつだと思います。
監督:ホンカを演じるのであれば身体的変身が必要です。ホンカの曲がった鼻、ボロボロの歯、特徴的な斜視。これらは再現するべきホンカの特徴でした。当初はCG加工も考えていたのですが、『パイレーツ・オブ・カリビアン』にも技術提供している特別なコンタクトレンズ会社がロンドンにあり、制約がひとつ減りました。そのことで、演じる俳優の年齢は大きな問題でなくなりました。人の魂や目つきには自然と一定の人生経験が反映されるものですが、ヨナスは彼自身が変身することでそれを表現しました。偽物の歯、マウスピース、つけ鼻といった、技術的、表面的なものであっても、その効果を幾重にも重ねることで、最終的に魂に繋がるのです。身体と精神の間には相互作用があるのです。
監督:戦後、西ドイツは奇跡的な経済復興を遂げますが、彼らはそれと終始縁遠い人々でした。経済復興が強い光ならば、自然とそこには影もある。それが物理の法則です。私はどんどんとその影に惹かれていきました。なぜならそれは得体が知れず不気味だからです。経済復興もまた、第二次世界大戦の一部と言えます。勝者がいる一方で、敗者がいる。本作は社会の最下層階級の人々についての話です。社会が思っている以上に、彼らは戦争によって心に傷を負った状況にあります。
監督:私が映画館に入り浸るようになったのは、ジョージ・A・ロメロ監督の『ゾンビ』(79年)の影響が大きいです。当時、私は8歳、兄は11歳。私たちの面倒をよく見てくれていた夫婦はビデオショップを営んでおり、兄がホラー映画を見たがったので、私も一緒に観ました。初めて見たときは衝撃を受けました。しかし、エンドロールでキャストやスタッフの名前を見て、この恐怖が人工的なものだと気付きました。ハインツ・ストランクの小説を読んだ時、その社会ドラマと歴史的側面に感銘を受けたのですが、同時にシリアルキラーという主題に惹かれ、私の映画では、ホラーとしてこの物語を描こうと思いました。観客を怖がらせたい。そのために、どうカメラを配置すべきか、どう編集したら良いか、と考えました。
しかし、私はこの殺人をエンターテインメントとして語りたくなかった。ひとつの指針にしたのは、クシシュトフ・キェシロフスキ監督の『殺人に関する短いフィルム』(89年)です。この映画は『ソウ』(04年)やクエンティン・タランティーノ監督の映画よりもさらに残虐だと思います。ミヒャエル・ハネケ監督もまた、『隠された記憶』(06年)や『ファニーゲーム』(01年)などの作品でそのような表現をしています。また、『ノートルダムのせむし男』(1940年のウィリアム・ディターレ監督版と、1957年のジャン・ドラノワ監督版の両作)からもヒントを得ています。
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