ブラジル・リオデジャネイロ生まれ。週刊プレイボーイ記者を経て、1999年「教習所物語」(TBS)で脚本家デビュー。2014年、『グレイトフルデッド』がゆうばり国際ファンタスティック映画祭、ベルギーのブリュッセル・ファンタスティック映画祭などで高評価を受け、『下衆の愛』(16年)はイギリス、ドイツ、香港、シンガポールなどでも配給された。Netflix『全裸監督』(19年)の脚本・監督を務め、20年にオリジナル脚本を手がけた草彅剛主演『ミッドナイトスワン』を監督。同作は日本アカデミー賞最優秀作品賞、同最優秀主演男優賞を受賞した。
『ミッドナイトスワン』内田英治監督×服部樹咲インタビュー
映画初出演で草なぎ剛と“母子”役に! 監督と語る究極の愛
演技経験ない人は最強、ナチュラルさで勝る人はいない/内田監督
故郷を離れ、東京でトランスジェンダーとして生きるダンサー・凪沙織のもとに親戚の少女・一果が訪ねて来る。実の母から育児放棄された少女を預かることになり、やがてバレエという夢を見つけた彼女を見守るうち、社会の片隅に追いやられて生きてきた凪沙の心に、それまでなかった感情が芽生え始めた。
衝突を繰り返しながら、孤独という共通点を抱えて、いつしかかけがえのない存在になっていく2人を描く『ミッドナイトスワン』。草なぎ剛を凪沙役に迎え、常識にとらわれず、しかも普遍的な愛情の物語を描いたのは『全裸監督』などの内田英治監督。監督と、オーディションで抜擢され、演技未経験ながら多感な少女の心を見事に表現した服部樹咲に話を聞いた。
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服部:ずっとバレエの道に進もうと決めていたんですけど、少し前から女優さんのお仕事にも興味を持ち始めていました。ちょうどその時にこのオーディションを見つけて、「バレエもできるし演技もできる、今の私にぴったりだ」と思ったので、応募しました。
服部:ドラマとかを家で見ていて、自分だったらこう演じたいなと想像するうちに、だんだん、やってみたいという気持ちが大きくなっていきました。
内田:そうですね。でも演技経験ない人は最強ですからね。芝居でいうと、リアルとナチュラルはたぶん違うと思うんですけど。ナチュラルという部分において、勝る人はいない。そういう部分で最上級の役者というのはたぶん1回しかない、1作品しかないと思うんです。最初から「もしそういう人がいたらいいな」と思ってました。だから、1回限定の最上級の役者さんが来てくれたなと思いました。
オーディションは5人1組でしたが、服部さんは1組目のチームに入っていました。その後、何百人も見させてもらいましたけど、1組目で決めたようなイメージはありました。
内田:(服部に)演技レッスンはめっちゃやったよね。演技レッスンというより、もっともうちょっと初歩的な、感情の出し方みたいなことです。
服部:一果はせりふが少なかったので……。
内田:確かに。
服部:なかったです。
内田:アドリブも多いですよ、実は。公園の階段のところで凪沙と一果の2人がずっとしゃべってるシーン。彼女が踊って、草なぎさんが(演じる凪沙が)「教えて」と言う。あのやりとりは台本にないんです。そういうふうに「ちょっとやってみて」と無理やり振ることは多かったかもしれないです。
内田:そうです。「それじゃないわよ」って。あれずっとアドリブですね。
服部:ずっと凪沙のオーラをまとっていて、現場にいるときもずっと、凪沙にしか見えませんでした。草なぎさんとしてじゃなくて凪沙として接してくださったので、一果と凪沙の関係性が本番でもちゃんと表現できたのかなと思います。
内田:草なぎさんが草なぎさんだったのは、撮影現場に入ってきたときと帰ってくときだけです。現場に入ると、凪沙になっているんで、草なぎさんの瞬間を見るのは結構少なかったかもしれないですね。「おいっす、おいっす」と入ってきて、また「おいっす、おいっす、お疲れさまでした」と帰っていく瞬間だけ草なぎさんで、あとはもう凪沙だったと思いますね。
現場でも彼の演技を目の前で見ながら、一応監督なんですけど、感情移入してちょっとほろっとするときが多かったですね。現場だと、映画というよりも、本当に目の前でいい演劇を見せていただいてるみたいな雰囲気はあったかもしれないです。
服部:そうだと思います。
内田:2人の相互作用は結構面白かったです、見ていて。化学の反応みたいな感じで。反応し合う役者なんでしょうね、2人とも。自分から吐き出すだけの役者じゃなくて、むしろたぶん、受けて感化されて、それに対してお返しのせりふが出るタイプ。2人ともたぶんそういうタイプだから、すごく相性が良かったと思いますね。
服部:泣き叫んだりとか、普段自分があまりやらないようなことをどれだけナチュラルにできるかは難しかったです。でも、バレエと一緒で、鏡の前でどういう表情をするかとか、どういう目付きをしようか、と考えてるときは楽しかったです。
内田:もともと別の作品だったんです。トランスジェンダーとバレリーナの。それをミックスしたのが大体5年ぐらい前で。10年ぐらい前に初めてバレエというものを新国立劇場で見て、たまたまその時、ほんとにたまたま今回のバレエ監修の千歳先生が現役時代にステージに出てたんです。『ロミオとジュリエット』だったんですけど、それを見ていて本当に素晴らしいなと思ったんです。日本にはあまりバレエの作品がないので、撮ってみたいなと思いましたが、当時は自主映画ばかり撮っていて。バレエはお金がかかるので、いつか撮りたいなと。今回は脚本を書きながら、バレエだけではなくて相棒も欲しい、2人の人間が何か一つの目的に向かって生きていくというのをやりたくて、その相手としてトランスジェンダーという設定をしました。
内田:昔、松田聖子さんのコンサートに行ったんですけど、同性愛者の方とかすごい人気あるんですよ。で、『渚のバルコニー』という歌があるじゃないですか、そこから名前取ったんです。漢字は違うんですけど。
内田:特に意味はないです。感覚のままそういう漢字にしたのかもしれないですね。一果というのは、何か刷り込まれてるのかよく分からないですけど、僕が書く脚本で一果ってよく出てくるんです。
内田:それはあるのかもしれないですね。草なぎさんがこういう、いわゆる世間では恐らく作家性の強い映画と呼ばれているものに出るイメージがたぶんないでしょうし。でも、めちゃめちゃ相性いいですね、草彅さん。だから今後もっと出てくれると楽しいですけどね。超大作の娯楽映画も、当然お似合いですけど、こういうちょっとこぢんまりしたやつもぜひ見てみたいな、と思うよね。
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一生懸命育ててくれた母親に対するような気持ちで話しかけました/服部
服部:育児放棄などはニュースで見ることがありましたが、トランスジェンダーに関してはあまり触れたことがなかったので、最初はちゃんと理解していませんでした。でも、出来上がった作品を見て、それぞれが抱える悩みとかがリアルに描かれていたので、少しは理解が深められたかなと思います。
内田:何か特別な物を赤という形で表現しようという意図はなかったんですけど、『パリ、テキサス』という映画で印象的に赤が使われていて。それを参考にして、カメラマンとか衣裳さんと話し合って、必ず凪沙と一果の共通の一つつながってるものとして、赤というものをポイント的に入れようとしました。
内田:極限の愛情みたいなものを描いてみたいというのは昔からあって。愛じゃない、愛情です。極限の愛情って、やっぱり自己犠牲を伴うものだと思うんですね。その覚悟とかね。さらに、日本を含めてアジアの感覚と欧米、海外の感覚はやっぱり違うじゃないですか。例えば結婚とか恋愛とかも、向こうは契約社会だけど。そういうアジア特有の血と肉のつながりみたいなものを、凪沙と一果という血はつながっていない関係で、極限の愛情を描いてみたかったですよね。結局血が別につながってなくても、親子は親子だしっていう部分はありますよね。そういうのをやってみたかった。
服部:自分を一生懸命育ててくれた母親に対するような気持ちで。疑似親子ですけど、そんな気持ちで凪沙に話しかけました。
内田:あれはすごく大変なシーンで、時間もあまりなくて、短い中で撮ったシーンなんですけど。彼女の中ではたぶん本当の、本心の部分でいとおしいっていう気持ちがすごく出ていたシーンだと思いますよね。当然役者と役者なので、お仕事なんですけども。
内田:何度もできないですね。2度もできないかもしれないですよね。結構ナーバスな感じでやってくれたのかなと思います。見ていてね、僕も「そうだよな、こういうことだよな」と思いながら見てました。
服部:あの時は、あんまり満足するような演技が私としてはできていなかったんです。でも、出来上がった作品を客観的に見た時には自分の中でしっくりきたので、良かったです。
服部:高いです(笑)。
内田:それはやっぱり、バレエをやってたからじゃないですか。
内田:暗くて、ちょっと痛々しい作品なんですけど、基本的には超ハッピーエンディングムービーだと思っています。おっしゃるように嘘っぽい、ちょっと背中を一歩押す広告や作品や本やテレビや、もうあふれてて。みんなもう嘘くさいと気づいているんだけど、そういう安っぽい幸せ感というものが渦巻いていて。でも、そういう嘘っぽい幸せじゃなくて、見た人がちゃんと「よし。明日はちょっと頑張ろう」という気持ちになるような映画にしたいなと思っていたんです。ちょっと前向きになってくれるといいな。どよーんとするイメージだと思うんですけど、決してそういう映画じゃない、楽しいよっていう部分を声を大にして強調したいです。
服部:今回初めて演技に挑戦させていただき、女優さんとしてやっていきたいという気持ちがよりふくらみました。ナチュラルな演技は、監督がおっしゃるように、本当に一度きりかもしれないですけど、今回はそれができたかなと思うので、今後もまっさらな気持ちで演技ができるように頑張りたいと思います。
(text:冨永由紀/photo:小川拓洋)
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