『CUBE』(98年)『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(99年)の大ヒットで、強豪ひしめく映画業界のなかで瞬く間に頭角を現していったクロックワークス。その代表取締役社長として、1997年の創業以来、常に同社を牽引してきたのが酒匂暢彦氏だ。
その酒匂氏が昨年9月に同社を退社。新たに株式会社チャンス・インを設立し、映画学校の立ち上げからK-POPのプロデュースまで幅広く活躍中だ。クロックワークス時代は『少林サッカー』(02年)『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版』シリーズなど、多くの作品を大ヒットに導き、常に注目されてきた同氏に、会社設立時の苦労から辞めた理由、さらに映画業界の今についても語ってもらった。
──最初は日本ビクターにお勤めだったんですよね。
酒匂:ビクターではハードの仕事をしていて、でも、どうしてもエンタメ関連の仕事をしたくてアスク講談社という会社に転職したんです。ちょうど、TSUTAYAやGEOといったレンタルショップ向けに、小さな未公開映画を販売する部署が立ち上がった頃で、営業から企画、契約まで何でもやったので、一通りのことは学べました。
やってみて、この業界は手間はかかるししんどいけど、構造自体はそれほど複雑ではないことがわかった。何より当時は、ピークではないものの、まだまだレンタルの市場が大きかったので、これなら自分が学んだことをベースに事業を起こせるんじゃないかと思ったんです。
──では、最初はパッケージの取り扱いからスタートを切った?
酒匂:クロックワークスを設立したのは1997年で、仰るとおり、最初の半年くらいはパッケージの営業をメインにしていました。資金力がないので、作品を預かって販売して、手数料をいただくというビジネスモデルです。そこで少しずつですが、ビデオのヒットタイトルも出始めたので、その資金を元に買い付けも始めて。資金的余裕が出てきてからは、少しずつですが配給業務も始めたんです。
──クロックワークスの代表作と言えば『CUBE』と『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』。『CUBE』は1998年、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』が1999年と、設立まもない時期に大ヒット作を連発しました。
酒匂:そういう意味ではツイていたんだと思いますね。当時はまだ、単館系の映画には女性しか来ないと言われていた時代で。一方で、そういう女性向け映画はレンタルでは回転率が悪くバランスが良くない。でも僕は、本当に単館系の映画には女性しか来ないのだろうかと疑問に思っていた。
そんなときに配給を手がけたのが『CUBE』。ポニーキャニオンさんと共同配給という形だったのですが、初日が開いたら男性客がたくさん来た。やっぱり男性だって単館系の映画を見に来るんだと、それを確認できた作品です。
──『CUBE』の成功が『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』につながった?
酒匂:実際に『CUBE』は2次利用となるパッケージでも高収益を上げたんですね。そのこともあって、『CUBE』同様、レンタルでも回転するようなスリラー系の作品を探していたんです。その矢先にサンダンス映画祭に行っていた買い付けスタッフから、夜中の3時頃に電話がかかってきた。これは何かあったな、と(笑)。それが『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』でした。
──『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』は興収18億円と大ヒットしました。これによって何か変化がありましたか?
酒匂:興収が18億円だと、配収で10億円くらい入ってくる。それまで会社としてはキャッシュフローが大変でしたが、それを気にせずに、思い切った経営ができる体制がようやく整ったという感じでした。
──『少林サッカー』(02年)にしても『マッハ!』(04年)にしても、クロックワークスの作品はエッヂがきいているというか、他社とは一線を画した印象があります。
酒匂:『CUBE』や『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』もそうだけど、創業当初から自分たちの存在意義としてエッジのある作品を手がけていきたいとは思っていました。また、他社が二の足を踏むような作品も配給していて、そのうちの1本が『スーパーサイズ・ミー』(04年)です。
この作品は“対マクドナルド”というのが1つのテーマなので、普通の配給会社は敬遠しがちでした。実際、契約の際にマクドナルドから仮に訴訟を起こされても、原権利者は責任を持たないという条項にサインをさせられたので、覚悟がないとできない。それでもうちの場合は、作品は面白いし公開する意義があると思うから「やってみよう!」という気持ちの方が勝ってしまう(笑)。
──それだけ思い入れもあるであろうクロックワークスを昨年退社しました。何が理由だったのでしょうか?
酒匂:もっとやりたいことが出てきたというのが1番大きな理由です。昨年9月の株主総会で退任したのですが、ずっと前から、役員同士では話し合いをしていました。当然、会社を辞めずに新会社を作るとか、新事業部を立ち上げるという方法論もあった。でも、ハッキリした方がいいと思ったし、クロックワークスの代表としての立場と新会社の責任者という立場の両方をうまく回せるのかという懸念もありました。
──新会社で、今年10月から「PRODUCER’S LABO」という即戦力を重視した映画学校を開校します。
酒匂:映画業界は人材不足という圧倒的な問題を抱えている。それだけに、後進の育成をそろそろ考えなくちゃいけないと、業界のためだけでなく、自分のためにも思っていたときに、タイミングよく、この話が舞い込んで来たんです。
──「PRODUCER’S LABO」という校名通り、プロデューサーに力点を置いているのも酒匂さんらしいと思いますが、どんな学校にしようと?
酒匂:私自身、いろいろなところに呼ばれて講師をつとめて来ましたが、入り口の話しかできません。業界で働くために、何ひとつ大切な勉強をできていないと思って。それゆえに、自分だったら何を教えられるかを考えました。
私自身、業界外から飛び込んで来て、1から勉強して今日まで来たので、何を勉強すれば最短距離で役に立てるのかを教えられるんじゃないか、と。「洋画買付け体験実習」という体験ツアーを設定したのも、買い付けって何だろうと教えるよりも、マーケットに連れて行った方が早いと思ったから。契約書にしても、ドラフトの段階で何を相手と取り決めるのかとか、そういうものを体験できたら非常に役に立つと思っています。
──今、映画業界は困難な時期にあるかと思いますが、どう感じています?
酒匂:環境の変化による市場の縮小に対応できていないなというのが率直な感想ですね。ただ、これだけ環境が変わったことで、逆に期待したいのが、新しい動きとか才能の出現。それを見つけたいし、育てたいと思う。だから学校なんですけどね。
──ここ2〜3年で中小の映画会社が幾つも倒産しました。
酒匂:DVDの売上が落ちている一方で、設備投資なり人員数はピーク時のままという会社は、売上が落ちた分、赤字になってしまう。回避するにはリストラで人員を減らすか、違う事業を立ち上げて新たな飯の種を見つけるしかない。その両方ができないからみんな苦しいんだと思いますが、市場規模が縮小傾向にある以上、それに対応した組織編成にしないと成立しないのではないでしょうか。
──DVDなどのパッケージ市場が落ちている反面、映画興行は落ちていません。
酒匂:理由は2つあって。1つはシネコンの普及も追い風となって、パッケージと違って市場規模が縮小していないこと。今でもスクリーン数は微増しているし、減らなかったことで興行成績も維持できている。
もう1つは、お客さんがライブにはお金を使う傾向にあること。先日、サマーソニックに行って来ましたが、大勢のお客さんが来ていた。人はライブにはお金を使うというのは、今のエンタメ業界の共通点。「今、見ておかないと終わっちゃう」みたいなところが興味をそそるのだと思いますが、DVDになった途端、それが「いつでも見られる」になっちゃう。
──そして、K-POPグループのプロデュースも開始しました。
酒匂:すでに韓国でデビューし人気のあるアーティストは契約料も高いし、うちの規模でできる仕事ではない。なので、新たに日本でグループを作るところから始めようと、「K-Produce」というプロジェクトを開始しました。そのためにオーディションを実施し、7月からは新大久保でライブもスタートさせました。
──ずばり目標は?
酒匂:まずはプロジェクトとして採算が合うようにしていくのが最初の目標ですね(笑)。
──映画そのものの配給やパッケージビジネスはいかがでしょうか?
酒匂:最初は手がけるつもりがなかったのですが、相談を受けることが多く、『死にゆく妻との旅路』や『大木家の楽しい旅行』といった映画のDVDの発売元もやっています。ほかにも、オダギリジョーが主演、マギー・Q共演で、ビルコンがプロデュースしている『ウォーリアー&ウルフ』(10月22日公開)という映画の共同配給も行います。
──クロックワークスを辞めてほぼ1年経ちますが、この1年を振り返ってどんな感想をお持ちでしょう?
酒匂:会社を辞めて思ったのは、クロックワークスという看板はやはり大きかったんだなということ。良い会社に育ったなと嬉しい反面、アニメや映画の会社だと認識されているので、その他のことを自分勝手にやることはできなかった。
それが、看板を下ろした途端に、いろいろな人から『なぜ辞めたの?』『辞めてどうするの?』って声をかけられて、『何でもやるよ』『新しいことをやりたい』と答えると、『じゃあ、これはどう?』っていろいろな話が舞い込んでくる。そこで初めて、看板が重かった面もあったんだなと、そんなことに気づいた1年でしたね。
【関連リンク】
・PRODUCER’S LABO
・株式会社CHANCE iN(チャンス・イン)
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