鬼才・三池崇史監督の最新作は、1958年に発表された滝口康彦の「異聞浪人記」の短編小説が原作の時代劇。同小説の映画化である小林正樹監督の傑作『切腹』(62年)のリメイクではない。とはいえ、『切腹』が頭に浮かんでしまうのは仕方のないところ。小林監督版が原作にかなり忠実であることからも、両者は比較しやすい。
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徳川治世の初頭。浪人で溢れ返った江戸では、大名屋敷に赴き「庭先を拝借して武士らしく切腹したい」と願い出て銭をせしめる、体のいい“ゆすり”狂言切腹が流行していた。ある日のこと、名家・井伊家の前に津雲半四郎(市川海老蔵)なる浪人が現れ、切腹を願い出る。井伊家では少々前にも同じように切腹を願い出た若浪人がいた。家老の斎藤勘解由(役所広司)は、ため息をつきながら、若浪人の顛末を半四郎に話し始める……。
『切腹』はサスペンス色が強く、また、面目を絶対と考える武士の愚かさを前面に押し出していた。三池版『一命』は、大まかな筋こそ同じものの、描かれる内容に違いがある。『一命』で最も印象に残るのは、武士云々よりも、家族の愛。娘と、その婿、そして孫。貧しくも、武士として暮らしていた頃にはなかった幸せを感じていた半四郎の、父として・祖父としての想いの強さが伝わってくる。この脚色は、今の時代に本作を蘇らせるにあたって、正しい選択だったと思う。
そして、さらに大きな違いを見せるのが、家老・斎藤勘解由の描き方。原作でも『切腹』でも、勘解由は、いわゆる“嫌なヤツ”に映る。狂言切腹に現れた浪人を見下し、非情な仕打ちをもって、江戸に溢れかえる浪人たち皆々への見せしめにしてやろうと底意地の悪い笑みさえ浮かべる。
『一命』の勘解由は違う。狂言切腹を悪と考え、武士にあるまじき行為であり、戒めるべきとの意見は同じだ。だが、この勘解由には別の血が通っており、ただの横柄な家老には見えないのである。半四郎が「求女は、明日のあなたたちの姿かもしれないのだ。少しでも憐みを見せてほしかった」と無念を語るシーンがある。だが(監督も口にしていたことなのだが)、半四郎が勘解由の立場だったなら……。おそらく、勘解由と同じことをしたはずなのだ。つまりは井伊家を“悪”と言い切ることはできないのである。この描き方も興味深い。
最後に時代劇映画初挑戦にして主演を果たした海老蔵に目を向けてみる。ワタクシは歌舞伎も好きなため、海老蔵の舞台も何度か見ている。その舞台上での華も肌で感じている。しかし、本作での彼は、正直、期待値に届かなかった。『切腹』の仲代達矢が、すでに原作の半四郎を体現した完成形に見えるため、ハードルが高いこともあるだろう。だが、歌舞伎で鍛えた美しい所作が、裏目に出ている感じすらあるのだ。何十キロもある衣装を着て、美しく、また豪快に人々を魅了する歌舞伎。しかし武士を演じるには、彼の軽やかさがむしろネックになった。いかにも現代人の武士という感じがしてしまうのが、非常に残念。
結論としては、『一命』は武士の物語というよりも、家族のドラマというべき作品だろう。
『一命』は10月15日より丸の内ピカデリーほかにて全国公開される。(文:望月ふみ/ライター)
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