セルフドキュメンタリーにおいては、カメラが捉えている人物がどれほど魅力的かで勝負は大きく分かれる。出来不出来の理由はそれに尽きると言っていいほどだ。この『ちづる』の主人公であるちーちゃん、そして彼女の家族の赤崎家は、くやしいほど、実に魅力的である。
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『ちづる』は知的障害と自閉症を持った女性・千鶴=ちーちゃんとその家族を、彼女の実兄である赤崎正和監督が1年間に渡って追った記録だ。立教大学の学生だった赤崎監督が卒業制作として製作した作品で、これまで妹が障害を持つことを周囲に明かしていなかった監督が、言葉ではなく、ありのままを見せることで理解してもらい、自身のわだかまりを解き放ちたいという想いで作られている。
映画は本当にありのままを切り取って見せ、ナレーションや音楽もほとんどなく、差別問題などのメッセージを押し付けたりはしない。それどころか監督自身が今まで妹から目を逸らしてきたのだろう、彼女について分かっていないことが多く、母親に質問して説明させている。特定の物を食べるときに鏡を見ること、100円玉を製造年ごとにキレイに整理して箱に詰めていること、などなど。それらの日常風景を見ていると、隣のおうちのホームビデオを覗いてしまったようなドキドキ感すら感じてしまう。卒業制作として撮られていたため、広く一般の目を意識した気負いがなく、赤崎家の人たちは自然体ののほほんとした姿をカメラの前にさらけ出しているのだ。
自然体のちーちゃんは、先にも述べたように本当にチャーミングだ。障害者の方を表現するとき、よく“無邪気”だの“天使のよう”だのといった言葉を並べておけば無難だとでもいうような傾向を感じるが、1人の人間として個性を尊重しようとしない失礼な態度だと思う。だから敢えて言わしてもらうと、ちーちゃんは無邪気なところももちろんあるが、都合の悪いことには聞こえないふりをする打算を持ち、防御本能のカンは非常に鋭くズルさを備えている。そこにとても人間的な魅力があり、おまけになんとも言えない女っぽさが全身からにじみ出ている。ナルシストの彼女が放つ笑みはゾクッとするほど小悪魔的だ。通行人を見かけていきなり走り出し、監督の兄を翻弄したときに見せるニンマリとしたいたずらっ子な表情は、その心情が分からずミステリアスなことも相乗効果となって、相当な魔力をもって惹きつける。
さらに、母親もさすがちーちゃんの母親、フェロモンをぷんぷんと感じさせる。もちろん女性を意識させるようなシーンはないが、赤崎監督と口論するときの感情のぶつけ方なんかは、息子の将来について話し合っているにも関わらず恋人同士の痴話喧嘩に見えてくるほどだ。
この手の作品でそういうおもしろがり方をするのは不謹慎な気もするが、商業映画として公開に踏み切ったからには許していただきたいし、その覚悟を持っていただきたい。
しかし、人物の魅力をあますことなく感じさせるほど等身大の姿をしっかりと捉え、それを一般の目に晒すのは並大抵ではない勇気がいることだったろう。そこに、現実から逃げずにきちんと乗り越えたいという赤崎監督の強い意志が感じられる。
惜しむらくは、商業ドキュメンタリーを目指して作られたわけではないだけに、起承転結に欠けること。できれば、本作を“起・承”として、“転・結”となる後編をぜひ製作してほしい。ちーちゃんと赤崎家のその後はどうなったのか、どうなっていくのか、まだまだ見てみたい。それだけ不思議なほどに惹きつける魅力を持った人たちなのだ。
『ちづる』は10月29日よりポレポレ東中野、横浜ニューテアトルほかにて全国順次公開中。(文:入江奈々/ライター)
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