『危険なメソッド』
首を長くして待った、去年の各映画祭で話題となったクローネンバーグ監督作『危険なメソッド』をようやく見ることができた。『つぐない』の脚本家クリストファー・ハンプトンによる舞台劇の映画化で、精神分析学の双璧であるフロイトとユングの交流が描かれる。父子関係も思わせるその師弟関係は情熱的であり、繊細でもあり、また実在したというロシア系ユダヤ人女性のザビーナ・シュピールラインというユングの患者が、一線を超えてユングと愛人関係に陥り、複雑で危うい人間ドラマが展開してゆく。
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ユングを演じる“旬の俳優”マイケル・ファスベンダーをはじめ、キーパーソンを演じるキーラ・ナイトレイほか出演陣はそれぞれ難しい役どころをみな見事に演じ切っている。
しかしながら本作を見て、ユングとフロイトの共鳴と訣別、ユングとザビーナの葛藤といった彼らが織り成す人間関係もさることながら、もっと根本にある人間の心理や精神に興味を抱かずにいられなかった。人間が潜在的に持つ暴力性や倒錯的な性衝動を見据えてきたクローネンバーグ監督は、彼らの人間関係を俯瞰で捉え、もしくは逆にミクロな視点で人間の心理の深淵を探ろうとしているように思える。
考えてみれば、精神科医の精神は一種、非常に危うく脆いものだろう。ユングが妻を実験台に研究を行うシーンでは、実験の主旨とは離れて図らずとも貞淑で誠実な妻の深層心理に触れてしまうこととなる。そして、ザビーナの存在だ。精神を病んだザビーナはユングによる談話療法によって、幼少期に父親から折檻を受け性的興奮を覚えていたと判明する。このザビーナにはユングでなくとも心を持っていかれるぐらい圧倒される。過激な内容に、一時は役を降りようと思っていたというキーラ・ナイトレイだが、ふっきれてタガが外れたのか、野生動物のような激しい熱演を見せる。シャクレ顎はさらにしゃくれまくり、『エイリアン』のように口のなかからもう一つ歯茎が出てくるのかと思うほど歯を剥いて唸る攻撃的な様は、はっきり言ってコワイ。相手が懲らしめようとする暴力に快感を感じるなんて、ドMは究極のSだという、真に複雑な人間の精神をクローネンバーグはほのめかしているのかもしれないと深読みしたくなる。
そんなザビーナに、おぼっちゃまで純粋なユングがあらがうことなどできず、肉体関係を持ってしまう。ミイラ取りがミイラになってしまうのだ。そこに恋愛感情を感じることはなかった。だからといって、ただの性欲や好奇心が抑えきれなかっただけという単純なものでもない。
想起されたのはラース・フォン・トリアー監督の『エレメント・オブ・クライム』だ。この主人公の捜査官も師の考えに基づいて動き、ミイラ取りがミイラ状態になる。とはいえこの作品は非説明的で、セピアというよりは金色の色調で観客をトリップさせる映像で感覚に訴えてくる手法は、まぁ、一言で言うと、ラース・フォン・トリアー監督らしい意地悪な作品。
それに反して本作は紳士的なクローネンバーグ監督らしい。クローネンバーグ監督も作品群のなかには『ザ・ブルード/怒りのメタファー』や『ヴィデオドローム』といったスタンスとして“乱暴”な作品もあるが、おそらくは巷間で言われるようにクローネンバーグの個人的な事情による混乱が引き起こしたのであろう、彼は基本的にはあくまで冷静な姿勢で観客を丁重に扱う。それが証拠に本作は会話劇で、状況はぼやけることなく明瞭に手に取ることができる。
そのうえでスクリーンに炙り出そうとする、言葉では説明し尽くせない人間の精神の複雑さ。医者であるユングさえ、コントロールできずに振り回されるしかない姿の憐れなこと。しかも、その感情に観客を溺れさせることはなく、湿度は高いが体感温度は低い独特の手触りのクローネンバーグ流ドラマによって痛感させる手腕はさすがだ。身体の奥深く、精神の中枢部分が刺激されてざわめき、いまなお鎮静せずに続いている。(文:入江奈々/ライター)
『危険なメソッド』は10月27日よりTOHOシネマズシャンテほかにて全国公開される。
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