『Still Dreamin’ ―布袋寅泰 情熱と栄光のギタリズム―』と1990年のラジオ
【映画を聴く】1990年4月5日木曜日の夜9時、布袋寅泰がパーソナリティを務めるラジオ番組「ミュージック・スクエア」がNHK-FMで始まった。月曜日は渋谷陽一、火曜日は桑田佳祐、水曜日は永井真理子、金曜日は中島みゆきと豪華メンバーが日替わりで出演する90分の音楽番組で、当時ほとんどテレビに出演することがなかった布袋さんの肉声が聴ける貴重な時間だった。
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番組第1回目の1曲目は、T.レックスの「Metal Guru」。1992年に刊行されたムック「布袋寅泰のRadio Pleasure Box」に掲載されたこの日のプレイリストを見返してみると、2曲目以降はモット・ザ・フープル「ロックンロールの黄金時代(The Age of Rock’n’Roll)」、デヴィッド・ボウイ「Changes」、ロキシー・ミュージック「Casanova」と続き、その後もトッド・ラングレン、エレクトリック・ライト・オーケストラ、ルイス・フューレイ、10cc、クラフトワーク、イエロー、プリンス、XTC、それに映画『メリー・ポピンズ』や『麗しのサブリナ』の劇中歌などがかかり、自己紹介代わりに自身のソロ曲とCOMPLEXの曲もはさみつつ、最後はエリック・クラプトンの「Wonderful Tonight」で締め括られている。
当時エアチェックしたカセットテープはもう手もとにないけれども、いまはとても便利な世の中で、各種音楽ストリーミングサービスを使えば当時のプレイリストをほとんど同じような形で再現することができる。で、実際にSpotifyでこの曲順通りに全20曲を並べて聴いてみると、キッチュな英国音楽への偏愛ぶりや、メロウなスタンダード曲や映画のサウンドトラックなども好むロマンティックな側面が凝縮されていて、「これぞHOTEIワールド!」としか言いようのない世界観がしっかり見えてくる。ご興味のある方はこちらから聴いてみてください(布袋さんのソロ曲「Dancing with the Moonlight -UK12inch Version-」のみ、どのストリーミングサービスにもアップされていないので、アルバム「GUITARHYTHM WILD」にボーナス収録されたUK7inch Versionで代用)。
Spotifyプレイリスト「ミュージック・スクエア(1990/4/5 OA)」
(https://open.spotify.com/playlist/6gk5veiK5NNN7ldV8ynFAU?si=20f1890d819e4f11)
また、同年の11月には音楽雑誌「pmc(ぴあミュージック・コンプレックス)」が「布袋寅泰 責任編集」と題して、誌面に布袋さんの愛聴盤100枚を本人のコメントとともに掲載。先述の面々はもちろんのこと、エルヴィス・コステロ、ゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツ、オインゴ・ボインゴ、アンビシャス・ラヴァーズ、ジグ・ジグ・スパトニック、ロイ・ウッド、スパークス、モノクローム・セット、ジャパン、パイロット、ブライアン・イーノといった人たちのアルバムがズラッと並ぶ。これらもいまならストリーミングサービスやYouTubeで簡単に聴けてしまうが、田舎暮らしの高校生にとっては毎週の「ミュージック・スクエア」と同じく貴重な情報源で、ここに載っている未聴のアルバムを少しずつCDや中古レコードで入手していった。
不忠実なファンがドキュメンタリーを見て気付いたことは…
正直に白状すると、自分は1988年の最初のソロアルバム「GUITARHYTHM」にこそ大きな衝撃を受けて、いまも変わらず聴き続けているけれども、1994年の「GUITARHYTHM IV」以降、より幅広いファン層から“アニキ”として慕われるようになってからの布袋さんの活動に関しては素直に乗っかることができなかった不忠実なファンだったりする。しかし、BOØWYのギタリストとしてのデビューから40年、ロンドン移住から10年、そして60歳の節目となる2022年2月に満を持して公開される初のドキュメンタリー映画『Still Dreamin’ ―布袋寅泰 情熱と栄光のギタリズム―』を見て、布袋寅泰という音楽家/ギタリストの根底は40年前から何も変わっていないことに、いまさらながら気づかされた。
ドキュメンタリー映画『Still Dreamin’ ―布袋寅泰 情熱と栄光のギタリズム―』は、BOØWYとしてのブレイクと解散、「GUITARHYTHM」プロジェクトの始動、COMPLEXの結成と活動休止、ヒットチャートにポップな歌モノを次々と送り込んだ90年代、クエンティン・タランティーノ監督『キル・ビル』のメインテーマに起用された「BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY」での世界的評価、2012年のロンドンへの移住といったエピソードを、ドラマ仕立ての演出や本人のモノローグを挟みつつ紹介していく。
「1週間で廃盤」の敗退から新たな道への模索
「情熱と栄光のギタリズム」というサブタイトルから、布袋寅泰というスターの“光”の部分ばかりを扱った作品と思われるかもしれないが、本作では“影”の部分にもしっかり焦点が当てられている。自身の音楽性の核となる「ギター」と「リズム」を掛け合わせた「GUITARHYTHM」という“発明”に近いプロジェクトを引っ提げ、意気揚々と乗り出した海外マーケット。しかしそこでの「1週間で廃盤」という完膚なきまでの敗退が音楽家/ギタリストとしての新たな道を模索させたことなどが、本人の口から直截的に語られる。
個人的には、アンダー・コロナの2021年にたびたび行なわれたインスタライヴの映像が使われていたことが何より嬉しかった。写真家・鋤田正義の撮影したデヴィッド・ボウイの有名なポートレートが額装されたロンドンの自室から、ヒゲの伸びた顔で「みんな大丈夫? 元気にしてる?」と語りかけ、リラックスしてギターを爪弾く布袋さんを見て、件の「ミュージック・スクエア」の語り口を思い出したからだ。そういえば、この番組の最後の言葉はいつも「よい夢を。おやすみ」だった。
還暦に20枚目のアルバムをリリース、40年目の問いかけ
タイトルの『Still Dreamin’』は、言うまでもなくBOØWY時代の代表曲「Dreamin’」に由来している。このタイトルから自分が連想したのは、ビーチ・ボーイズの1989年のアルバム「Still Cruisin’」。映画『カクテル』の主題歌に使用され、予期せぬ大ヒットとなったシングル「KOKOMO」を収録するため、急ごしらえでリリースされたアルバムである。曲づくりの中心メンバーであるブライアン・ウィルソン不在の中で作られたこのアルバムは、過去曲のリメイクやカヴァー曲が半数を占め、肝心な新曲も精彩を欠いていたことから、自虐を込めて付けられた「まだ航行中」を意味するタイトルがシャレとして笑い飛ばせない悲哀を漂わせたわけだが、「まだ夢を見ている」というこの『Still Dreamin’』というタイトルは、語呂こそ似ているものの、少しも皮肉めいたニュアンスは感じられない。いくつになっても「夢」という“長期目標”を設定し、その都度達成に向けて地道に歩を進め続けてきた布袋さんのドキュメンタリーのタイトルとしては、これ以外にないと思える説得力がある。
映画公開に先立ち、テーマ曲「Still Dreamin’」の配信がすでに始まっているほか、60歳の誕生日である2月1日には20枚目のアルバム「Still Dreamin’」もリリースされる。歌詞にある「君は今も、夢を追いかけているか?」という40年目の問いかけに、皆さんはどう答えますか? (文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)
『Still Dreamin’ ―布袋寅泰 情熱と栄光のギタリズム―』は、2022年2月4日より2週間限定全国公開
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