「異邦人」「ペスト」などで知られるノーベル文学賞作家、アルベール・カミュ。1960年、46歳の若さで交通事故死を遂げた彼の遺した未完の自伝的小説を映画化したのが『最初の人間』だ。
1957年夏、フランスに住む著名な作家、ジャック・コルムリが生まれ育ったアルジェリアに久々に帰郷するところから物語は始まる。フランス領からの独立を求めて紛争が起きるなか、25歳で戦死した父親の墓を訪ね、大学生が主催する討論会でフランス人とアルジェリア人の共存を呼びかける。そして年老いた母が今も暮らすアパートに戻ったコルムリはアルジェリアの陽光の下、まどろみながら、貧しく厳しい境遇にあった少年時代を回想し始める。
理不尽なまでに厳格な祖母、息子を優しく見守りながら働く母親、シンプルで気のいい叔父、彼の利発さに気づいて進学の道を開いてやる教師、フランス人であるというだけで喧嘩をふっかけてきたアルジェリア人の級友、生きるために懸命に働く大人たち。それぞれに正義がある。その正義に誠実な人々が、聡明な少年を育てていく。彼らとの交流が現在と過去を往き来する形で描かれる。
カミュの作品を象徴する太陽と海のきらめきにあふれる映像は、どの場面も1枚の絵画のように美しい。人が成長する過程で、育つ場所、その風景が与える力について考えずにはいられなくなる。優しさと愛、切なさが郷愁をかき立てる少年時代の描写と、爆弾テロの絶えない不安定な現在が渾然一体となり、その渦中にあり、影響力を持つ人間としての苦悩と決断に向き合うコルムリを『クリクリのいた夏』や今村昌平監督の『カンゾー先生』のジャック・ガンブランが静かに、知的に演じる。
少年時代を演じたニノ・ジュグレの澄んだ瞳も印象的。母親を演じるマヤ・サンサ、教師役のドゥニ・ポダリデス、生まれた村を訪ねたコルムリと言葉を交わす農夫役のジャン・フランソワ・ステヴナンも素晴らしい。監督は、障害を持つ息子と疎遠だった父親の再会と二人旅を描いた『家の鍵』のジャンニ・アメリオ。
これは紛うことなく、アルジェリアとフランスの物語であり、その二つの間で葛藤する知識人の物語だ。そして同時に、終盤にコルムリがラジオで披露するスピーチは、いつの時代、どんな人間にもあてはめて語ることのできるもの。60年近く前の当時と現在と、世界は変わっただろうか? より良くなったのか? 悪くなっているのか?「分裂でなく団結せよ」。混沌を極める現代にこそ、その言葉は響く。(文:冨永由紀/映画ライター)
『最初の人間』は2012年12月15日より岩波ホールほかにて全国順次公開される。
【関連記事】
・【週末シネマ】ユーモアと愛情を忘れない視点に心が温まる、感じのいい1本
・【週末シネマ】26歳にして驚きの完成度。気鋭監督が描く“修羅場と化す家族の群像劇”
・【週末シネマ】クリント・イーストウッドの“老人プレイ”を心ゆくまで堪能!
・『最初の人間』作品紹介
PICKUP
MOVIE
INTERVIEW
PRESENT
-
ダイアン・キートン主演『アーサーズ・ウイスキー』一般試写会に10組20名様をご招待!
応募締め切り: 2025.01.04 -
齊藤工のサイン入りチェキを1名様にプレゼント!/『大きな家』
応募締め切り: 2024.12.27