『世界にひとつのプレイブック』
妻の浮気現場に鉢合わせし、結婚生活も自分の心も壊れてしまった男。若くして夫を事故で亡くし、自棄になって周囲も自分も傷つけている女。心を病んだ2人が出会い、衝突を繰り返しながら、ダンスコンテスト出場を通して再起を目指す。だが、その語り口はシリアスではなくユーモラス。破れかぶれの男女が周囲を巻き込みながら、不器用に前進する物語の着地点は想像がつくけれど、ここで大事なのは、そこへと到る道程なのだ。まさに唯一無二のプレイブック(アメフトのチームがそれぞれ持つ作戦図)で、観客に大きな共感をもたらすコメディだ。
通りですれ違っただけなら、「カッコいいおにいさん」にしか見えないが、30秒も隣りにいれば、この人はどこかおかしいと思えてくる。自分はまともだと信じ込んでいるパットをブラッドリー・クーパーが演じる。来日した本人の隙のない“自然体”に無意識レベルの強烈なナルシシズムを感じた者としては、まったく自分を客観視できないパットのイタさを見事に表現した演技力に感服するばかり。
一方、ハイパーなパットも怯(ひる)むほどパンチの効いた女性・ティファニーの強がりといじらしさを演じるジェニファー・ローレンスも本当に素晴らしい。そして、不安定な息子を迎え入れたものの、予測不能な挙動に狼狽したり、つられてブチ切れもする老父役のロバート・デ・ニーロが圧巻。一瞬それが芝居であることを忘れさせるほどの、生々しい感情を発露する瞬間は鳥肌が立つ迫力だ。
この人でなければならない、というキャストが揃った。割れ鍋にとじ蓋の主役2人は、青い瞳で背が高くてハンサムなブラッドリー・クーパーと、ピチピチした肢体でふくれっ面のジェニファー・ローレンスでなければならない。悪あがきしてばかりの負け犬の父親はロバート・デ・ニーロでなければ、家族の幸せだけを考えながら、どこか的外れな母親はジャッキー・ウィーヴァーでなければらない。医師や友人、極端に言えば通りすがりの人物に到るまで、完璧なキャスティング。クーパーが「俳優から最高の演技を引き出してくれる」と語るデヴィッド・O・ラッセル監督の手腕は冴え渡り、上記4人がアカデミー賞の俳優賞全4部門で候補になるという31年ぶりの快挙を成し遂げた。
監督もデ・ニーロも、パットと同じ症状に苦しむ家族を持つという。もちろん彼らは一流のプロフェッショナルであり、どの作品にも全力で臨むことに疑いはないし、それが義務だ。それでも、より思い入れが深くなる例外はある。それが本作なのではないか。彼らの心情が映画に関わった全員に伝播し、その結果、何にも似ていない、真にユニークで、心を揺さぶる傑作が誕生した。立派にはなれないけれど、精一杯に生きる。それだけでもう、上等なのだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『世界にひとつのプレイブック』は2月22日よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国順次公開される。
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