『フライト』
墜落寸前の飛行機内の緊迫を描くパニック映画として始まる『フライト』は、デンゼル・ワシントン扮する主人公のパイロットにかけられた疑惑に迫るサスペンスを経て、自分自身の闇と向き合う男を描く人間ドラマになっていく。
制御不能に陥った旅客機は奇跡的な不時着に成功、乗員乗客102人中96人が生還する。犠牲者を最小限に抑えたパイロット、ウィップ・ウィトカーの“偉業”はメディアで賞賛されるが、事故後の検査の結果、彼の血液中からアルコールが検出されたことが判明。事態は急変する。彼は英雄なのか、それとも6人の尊い命を奪った過失致死犯なのか。
急降下する機体を背面飛行させた後、着陸に持ち込む。そんな離れ業をやってのけるウィトカーの人となりは冒頭で明らかになる。出来る男であることは間違いない。だが、彼は善人ではないのか? でなければ、悪人なのか? 映画が終わる頃には、そのどちらかであることがはっきりするのだろうか?
映像は神の目のごとく、彼の表の顔も裏の顔も隠すことなくさらし続ける。離婚した妻や息子から疎まれ、入院中に知り合った若い女性との新生活にもすぐ暗雲が立ちこめ、ウィトカーの心は荒んでいく。一見頼もしい男が内に抱える脆さ、弱さが晒されて、ここまでショッキングに映るのは、それを演じるのがどう転んでも立派にしか映らない外見のデンゼルだからだ。
人の命を預かる任務につく男が、その重責と向き合ううちに、周囲のみならず自分自身をも顧みなくなる。他者へ向けた仮面を自分に対しても被り続ける。恐ろしいが、非常に納得のゆく現実的な設定だ。英雄視されるウィトカーも所詮、航空会社の駒の1つであり、過失を絶対に認めない組織の威信をかけた戦いに巻き込まれていく。だが、勝ったとして、その先に待ち構えているものは? 一体どんな決着となるのか、最後の最後までわからない。
善し悪しを別にして、心のうちに抱えた何かを墓場まで持っていくというのはどれだけ苦しいことだろう。この物語は、それができる人間の覚悟の凄まじさを想像させる。『リアル・スティール』を手がけたジョン・ゲイティンズの脚本を読んだデンゼルが「多くの点で共感できる」と語ったというのも興味深い。
監督は『フォレスト・ガンプ/一期一会』のロバート・ゼメキス。自身も飛行機を操縦するというが、緊迫したコックピット、パニック状態の客室の迫真の描写は見事の一言。スペクタクルと深い内省のドラマがこんなにも相性よく共存している奇跡。潤沢な製作費を無駄にしないエンターテインメントは、やはりこの人たちに任せて間違いなし。ハリウッド映画の底力を思い知った。(文:冨永由紀/映画ライター)
『フライト』は3月1日より丸の内ピカデリーほかにて全国公開中。
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