背もそんなに高いわけじゃない。目を見張るほどの美貌でもない。それでも、男も女も、彼を放っておけない魅力がある。そこに立っているだけでOK、微笑まれたりしたら、もう……と言うと、大げさか。『インセプション』で世界的に注目され、『ダークナイト ライジング』で全編マスクで顔を覆い隠したまま演じたベイン役で強烈な存在感を示したトム・ハーディ。最新作『欲望のバージニア』では、禁酒法時代のアメリカで密造酒ビジネスで名を馳せた実在の三兄弟でリーダー格の次男を演じている。
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ビジネスの駆け引きを心得る頭脳と度胸、不死身を自認する強靭な肉体を誇る男は寡黙で、兄弟の絆を何より大切にしている。それが女性に対してはかなり奥手というか、稼業で無法者たちとわたり合う大胆さとは正反対のウブな表情になる。ギャップを効かせた反則気味の、誰が演じても得をするキャラクターをトム・ハーディが演じる。荒くれ者が恋を知り、剛毅な男の心の内の柔らかな部分を微かに見せる。その表現の繊細さこそが、彼にしか出せない味なのだ。
前述のベインや、実在の犯罪者役で鬼気迫る大熱演を見せた主演作『ブロンソン』(08年・未/DVD)をはじめ、彼が演じてきた男の多くは攻撃的でいながら、どこか脆い。危うい雰囲気、女性的にも思える複雑な色っぽさがある。眩しそうな眼差しゆえだろうか? それともぽってりした唇? どちらも魅力的だが、抗い難いのは彼の声だ。ちょっとかすれていて、硬質なイギリス英語の発音と相まって、これが実にセクシー。アメリカ人を演じた『欲望のバージニア』では、その発音ばかりか声そのものさえ封じ気味なのだが、間をたっぷり取ってポツリポツリとこぼれるセリフに凄みが漂い、緊張感をあおる。ちなみに、舞台俳優として訓練を積んでいる彼は、大きく声を張り上げる芝居で聴かせる朗々とした響きも心地よい。
今年36歳になる彼の半生はかなり波乱万丈だ。イギリスの中産階級家庭の一人っ子で、おしゃれな郊外に育ち、私立校に通うお坊ちゃまだったのが十代で酒に溺れ、ドラッグにはまり、車を盗んで警察沙汰になり……という過去は本人も包み隠さず語っている。インタビュー中、ふいにお行儀のいい言葉遣いが飛び出し、逆の意味でお里(育ちの良さ)が知れることも。上半身の至るところに入れ墨があるが、別れた妻やハリウッド進出を後押ししてくれたエージェントの名前だったり、息子とその母(すでに別れた恋人)だったり、と肉体が情に流された日記帳状態なのはジョニー・デップに通じる感性。二枚目スターの外見に、性格俳優の内面を持つという点も似ているかもしれない。
ジェラルド・バトラーに抱きついてのスローダンスが忘れがたい『ロックンローラ』(08年)、リース・ウィザースプーン、クリス・パインと共演した『Black & White/ブラック&ホワイト』(12年)で見せたユーモアのセンスを活かして軽めの作品にもっと出演してもらいたい気もするが、三池崇史監督のハリウッド・デビュー作『The Outsider(原題)』に主演するという一報が飛び込んできた。第二次世界大戦後の日本を舞台に、闇社会に生きる元米兵を演じるという。妖しい色気と不良性は、三池と絶対に相性がいいはず。まだまだ先の話になりそうだが、完成が待ち遠しい。(文:冨永由紀/映画ライター)
『欲望のバージニア』は6月29日より丸の内TOEIほかにて全国順次公開される。
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