【週末シネマ】思考停止状態となることの怖ろしさ、悪の凡庸さに気づかされる秀作
『ハンナ・アーレント』
1960年、逃亡先のアルゼンチンでイスラエルの諜報部に逮捕され、イェルサレムで裁判にかけられた元ナチス親衛隊中佐のアドルフ・アイヒマン。その裁判を傍聴、「ザ・ニューヨーカー」誌にレポートを執筆し、その独自の見解で世界を騒然とさせたドイツ系ユダヤ人の哲学者、ハンナ・アーレントの物語。
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1930年代からナチスのユダヤ人排斥が激化する中、収容所に連行されるも脱出し、1941年に夫と共にアメリカに亡命した彼女は学者や作家の友人、大学で教える彼女を慕う学生たちに囲まれ、高名な哲学者として名声も得ていた。だが、単身イスラエルに赴いて臨んだ裁判で、彼女は数百万に及ぶユダヤ人を強制収容所に移送した責任者であるアイヒマンの思いも寄らぬ姿を目の当たりにする。「私は命令に従ったまで」と主張する被告を凶悪でも不気味でもなく、役人気質の凡人と見た彼女は、彼の言葉1つ1つを注意深く聞き取っていく。自分は任務を遂行しただけでユダヤ人に憎悪はないと言い切り、「上に逆らったって状況は変わらない」と語ったアイヒマンの思考停止状態の様にも大きな衝撃を受ける。
ニューヨークに戻り、原稿執筆のために思索にふけるハンナの脳裏によぎるのは恩師であり、道ならぬ恋の相手でもあった哲学者・ハイデガーと過ごした日々だ。後にナチスに入党したハイデガーとの思い出、裁判で証言台に立った様々な立場の人々の言葉をかみしめながら、2年越しでハンナは傍聴記録を完成させる。
アイヒマンが20世紀最悪の犯罪者となった理由は、単純に彼がものを考える能力がなかったからだとするハンナは、ユダヤ人居住区の指導者層がナチスに協力していた事実も記事中で指摘した。その結果、激しい中傷や脅迫が彼女のもとに押し寄せ、大学からも教職を退くよう迫られる。それでも彼女は、思考停止がもたらす危険性を訴え続ける。抑留経験を持つ身でありながら情緒的にならず、論理的に、冷静に行動する精神力には脱帽するのみだ。
家族同然の長年の友人に拒絶されても自らの信念を貫く孤独を極端に美化せず、淡々と描いたのは『鉛の時代』がヴェネチア映画祭金獅子賞、『ローザ・ルクセンブルグ』がカンヌ国際映画祭主演女優賞を受賞したマルガレーテ・フォン・トロッタ監督。ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーをはじめ、デヴィッド・クローネンバーグやマイケル・チミノの作品などでも活躍するバルバラ・スコヴァが知性と情熱の女性を崇高な美しさで演じる。映画の終盤、学生たちを前に「悪の凡庸さ」を説く場面は必見。思考が人間に強さをもたらす。自分で考え、それを言語化して伝えることの大切さを思い知らされた。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ハンナ・アーレント』は10月26日より岩波ホールほかにて全国順次公開中。
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