【週末シネマ】日本最古の物語を現代の寓話に蘇らせた高畑監督の偉力に打ちのめされる
『かぐや姫の物語』
竹の中から出現した小さな女の子が瞬く間に美しい女性へと成長し、数多の求婚者を振り切り、最後は迎えに来た使者たちと月へ帰る。日本人なら誰もが知る「竹取物語」を描くのに2時間以上もかかるものだろうか? もちろん、あらすじをなぞるだけなら、30分でも十分だろう。だが、『かぐや姫の物語』はヒロインや彼女を育てる老夫婦といった人物のみならず、野山に棲息する生き物や季節のうつろいに至るまで、周囲のものすべてを丹念に描き出し、奥行きのある物語を作り出す。
・総製作費50億円の『かぐや姫の物語』に高畑監督「お金のことは考えずに作っちゃう」
水彩画のような淡い色味と素描のような輪郭。3DやCGを駆使して実写に近づけようとする昨今のアニメとは正反対の、江戸時代の鍬形紹真や仙厓義梵の絵画を思わせるタッチは斬新な印象すら与える。余白を十分にとって、軽やかさと素朴さ、そしてスピード感ある美しい映像が流れるように続く。『火垂るの墓』(88年)、『平成狸合戦ぽんぽこ』(94年)などを手がけた、78歳の高畑勲監督の最新作だ。
極めて日本的な物語に「姫の犯した罪と罰」というキャッチコピーが付いた。確かに原作でも、かぐや姫は月の都で犯した罪の償いとして地上に遣わされたとされている。この辺りはアダムとイヴの原罪をうっすら想起させ、欧米などでも理解されやすい展開だ。そして「これがその罪です」と明示せずとも、エンディング・デーマを聴く頃には、ちゃんと観客に伝わっているだろう。
自然の中で愛情たっぷりに育まれ、近所の子どもたちと駆け回って遊んでいたおてんばの姫は、より良い暮らしをさせようと考えた翁(おきな)の計らいで、翁と妻の媼(おうな)ともども都へ移住する。豪華な屋敷に閉じ込められたきゅうくつな日々からの解放を夢見る姫の姿は、監督の代表作「アルプスの少女ハイジ」を彷彿させ、人間の青年に恋心を抱く様にはアンデルセンの「人魚姫」を思い出す。おとぎ話、童話の持つ普遍性を感じずにはいられない。原作に忠実に話を進めるほどに、むしろ現代女性に近いヒロインのキャラクターが際立つのも興味深い。
声の出演はいわゆる声優ではない俳優たちがつとめる。ヒロインに大抜擢の新星・朝倉あき、かぐや姫の幼なじみ・捨丸の高良健吾のみずみずしさが鮮烈だ。実直な翁が姫可愛さのあまり使命感から暴走する様を、映画の完成を待たずに亡くなった地井武男が熱演している。媼役に宮本信子、他に高畑淳子、田畑智子、上川隆也、橋爪功、仲代達矢らが出演。地に足の着いた女、ふわふわと浮き足だつ男。欲や罪にあふれ穢れたこの世と、楽園のような月の世界。生きていくうえで選べること、選べないこと。平安時代に生まれた日本最古の物語を、千年以上の時を経てなお、アクチュアルなものとして21世紀に伝える高畑勲の偉力に打ちのめされた。(文:冨永由紀/映画ライター)
『かぐや姫の物語』は11月23日より全国公開中。
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