『ゼロ・グラビティ』
作業中に起きた突発事故により、地上600キロの宇宙空間を漂流することになった宇宙飛行士2人。地球への生還を目指す彼らの戦いを描いた『ゼロ・グラビティ』は、無重力状態と闇、無音の世界にどっぷり浸れる体感型のアトラクション映画であり、同時に人間の精神や本能といった根幹に迫っていく深みをもったドラマでもある。
・『ゼロ・グラビティ』プロデューサー デイビッド・ヘイマン インタビュー/本作がビジネス的に成功するかはまったくの未知数だった
キャストはサンドラ・ブロックとジョージ・クルーニーの2人きり。そのほかは彼らと交信する地球上の管制センターからの声くらいしかない。メディカル・エンジニアとして初めて宇宙に飛び立った新人飛行士のライアン・ストーンをブロックが、どんな状況下でも軽口を叩くことを忘れず飄々と切り抜けていくベテラン飛行士のマット・コワルスキーをクルーニーが演じる。
作品を語るには、どうしても宇宙、3D映像、迫力の音響、といかにもSF映画っぽいキーワードが前面に出てくるが、実はその要素に惹かれない層にこそ見てもらいたい。
とにかく濃密。こんなに濃い90分間を経験したことはあっただろうか。静かで平穏な環境で船外作業に勤しむ宇宙飛行士たちを追い続ける長回しで、映画は幕を開ける。無重力空間でゆっくりと漂うように動く姿に見とれていると、彼らとは遠く離れた場所で行われた衛星破壊による宇宙ゴミが飛来してくる。ゴミといっても、猛スピードで襲ってくる破片は致命的な破壊力を持つ。一瞬にして惨事は発生し、パニック状態に陥ったライアンと経験豊かなマットだけが生き残る。
ここから物語は、ライアンという男性のようなファースト・ネームを持つヒロインの視点で描かれていく。地に足の着いたタフな女性というイメージが強いサンドラ・ブロックが、文字通り宙に浮くだけで、こんなにも心もとなく、壊れそうに脆く見えてしまう。優秀で冷静沈着であるはずの彼女の狼狽、絶望は真に迫り、その顔に張りついた寂しげな表情はこれまでの出演作では見せたことのないものだ。
次から次へと絶体絶命の窮状が訪れては、それをなんとか回避していく。現実的というよりは、まさに映画的な状況が展開するが、それをリアリティがないと言って片づけないでほしい。それも1つの見識だが、見ているのは映画だ。大きな事故に遭遇する前から心が死んでいたような人間が、それでも生き抜こうと必死になる。それはなぜ? 生き甲斐というものを何に求めるのか? サバイバル劇に手に汗を握りながら、いつしかそんなことを考えさせられている。
本作は、『天国の口、終わりの楽園』(01年)や『トゥモロー・ワールド』(06年)といった傑作、『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』(04年)を手がけたアルフォンソ・キュアロン監督の個人的な体験をベースに、息子と脚本を書き上げた作品だという。他者とのコミュニケーションを完全に絶たれ、真の孤独と直面するとき。それは生きるという状態と向き合うこととイコールなのだ。それにしても “ゼロ”が付くだけで、原題と邦題ではまったく違う意味になってしまう。重力があるということ。そこにもメッセージは込められているはずだ。
『ゼロ・グラビティ』は12月13日より全国公開中。
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