『そこのみにて光輝く』
主演・綾野剛が原作の世界観を体現
1990年に41歳で自死した佐藤泰志原作による同名小説の映画化『そこのみにて光輝く』。刹那的で物憂げな主人公・達夫はチンピラ風の青年・拓児とパチンコ屋で出会い、拓児の姉・千夏と惹かれ合ってゆく。登場人物はみなそれぞれ暗く重い影を背負って生きている者たちばかり。達夫は過去の悲劇のトラウマに囚われ、拓児は前科があり、千夏は体を売って家族を養い、拓児の面倒を見る男・中島とも不倫関係を続けている。また、千夏たち家族は崩れそうなバラックに住み、そこには寝たきりでありながら性欲だけは衰えない父とその相手をするのに辟易している母もいる。
・前編はこちら/いま“再発見”された、20年以上前に自死した作家・佐藤泰志
すえた臭いの漂ってきそうな、なんともやるせなくどんよりとしたドラマなのに、どこかしら人生への可能性を残し、温もりある一条の光を感じさせる。荒んだ生活をしていても、彼らに慈愛が備わっているからだろう。他の者にとっては取るに足らないクズのような人物たちだが、“そこのみにて光輝く”というタイトル通り、彼らにとってはお互いが希望の光となっているようだ。
実は原作の「そこのみにて光輝く」は2部構成になっており、映画では達夫と千夏の出会いを綴った第1部(「そこのみにて光輝く」)をメインにしている。第2部である「滴る陽のしずくにも」は2人が所帯を持って、一層ドラマが深くなっていくわけだが、いかにも小説らしい第2部より第1部のほうが瑞々しく高揚感があって映画的にドラマチックだ。だが、第1部をメインにしているといっても、原作を発展させた大胆なアレンジを加えてさまざまな出来事や人間関係などは複雑に入り組んで変更されている。ここでザックリ説明できないほど巧妙に再構築されており、それでいて原作の持つエッセンスを凝縮した脚本は見ごとだ。
ただ、キャスティングのためか、少しばかり登場人物が単純化されていることは否めない。原作の拓児は青春もとうに過ぎた三十路前でくすぶっている男だが、考えなしで純粋であるがゆえの危うさを内包している。しかし、『共喰い』の菅田将暉が演じているのだからして、単なる若気の至りに写ってしまう。千夏は人生を諦めかけ、どうしようもない運命に翻弄されながら彼女自身も周囲を振り回すしたたかさも持った女だが、扮する池脇千鶴の芯の強さが前面に押し出されすぎている。池脇の持つ優等生っぽさが漏れ出ているため、堕ちた女の惨めくささも薄く、惨めだからこその底力というよりは“芯が強い”で終わってしまっている。原作にある海辺のラブシーンは映画版では控えめにとどめているが、確かに池脇が演じるとインパクトが強すぎて流れを止めてしまうだろう。
とは言え、自分で言っておきながらなんだが、そんな残念感を払拭するほど肝心の主人公・達夫役の綾野剛が非常にいい。まっとうな男ではないが千夏や拓児とも違う性質の人間であり、口数の少ないなかに内面の奥深さを滲ませ、温かみと冷たさ、激しさと静けさを併せ持つ複雑な人間像を示している。原作の持つハードボイルドなテイストまでもを体現し、彼がいなければこの作品の映画化は成立しなかったはずだとまで思わせる。決して饒舌ではない達夫になりきった綾野が存在だけで佐藤泰志が作り出した世界観を語っているのだ。この綾野を見るだけでも十分価値があるだろう。(文:入江奈々/ライター)
『そこのみにて光輝く』は4月19日よりテアトル新宿・ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開される
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