【週末シネマ】意地悪なディテールを重ね描くイタい女、W・アレンの恐るべきコメディ

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『ブルージャスミン』
(C) 2013 Gravier Productions, Inc.
『ブルージャスミン』
(C) 2013 Gravier Productions, Inc.

『ブルージャスミン』

シャネルのジャケットにパールのネックレス、エルメスのバッグとベルト、ルイ・ヴィトンのトランク、フェンディの財布。誰にでもすぐわかる記号だらけの、見ている方が恥ずかしくなる満艦飾の出で立ちで、美人なのに登場した瞬間から痛々しい。それがウディ・アレン監督最新作『ブルージャスミン』のヒロイン、ジャスミンだ。

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ニューヨークで裕福な実業家夫人として華麗な生活を送ってきた彼女は、夫が投資詐欺で逮捕されたことで生活が一変、破産状態で妹・ジンジャーを頼ってサンフランシスコへとやって来た。バツイチでスーパーのレジで働きながら息子2人を育てる妹が暮らす小さなアパートにたどり着いたジャスミンが、留守宅に上がり込んで勝手に酒をあおるあたりからも、なるほどこれはテネシー・ウィリアムズの「欲望という名の電車」を意識した作品であることがわかる。落ちぶれて妹のもとに身を寄せるジャスミンは「欲望〜」のヒロイン、ブランチそのもの。質素に暮らす愛情深い妹も、妹の粗野でセクシーな恋人も、戯曲に登場するステラとスタンリーを匂わせるキャラクターだ。

冒頭、ファースト・クラスの機内で隣席の婦人に自慢げに身の上話をするジャスミンだが、輝くブロンドの髪の根元からは黒っぽい地毛が伸び始めている。最初からこんな意地悪なディテールを小出しにしながら、さらに彼女を奈落のふちへと少しずつ追いつめていく。合間に、かつての優雅な生活にひびが入り始め、ついに決定的に破綻する様子をはさむ。虚栄心をガソリンに、ボロボロになりながら疾走する女の壊れた心をケイト・ブランシェットが鬼気迫る演技で見せる。滑稽で哀れ、決してお近づきにはなりたくない。アカデミー賞主演女優賞受賞も当然の名演だ。

「『ブルー・ムーン』は夫と出会ったときに流れていたの」がジャスミンの身の上話の決め台詞。孤独だった自分がやっと愛する人にめぐり会えたというロマンティックな内容のスタンダード曲に、恵まれない生い立ちから華やかな幸せをつかんだ自分を重ねている。

すべてが虚構と妄想のブランチに比べると、ジャスミンの体験にはわずかながら実体が伴うだけに余計残酷さが際立つ。大学中退で年上の男と結婚し、セレブ生活の経験しかない中年女が浅はかな思いつきからとはいえ、地味な仕事に就き、自立を目指してコンピュータ講座に通い始める。だが、エリート外交官で独身のドワイトと出会ったことで慣れ親しんだ世界へ返り咲く夢が再燃してしまう。まさに『ブルー・ムーン』が頭の中に鳴り響いていそうな、明るい将来への期待に浮き足立つジャスミンの一挙手一投足はもう“イタい”としか言いようがない。

ちなみに「欲望という名の電車」にはブランチがバスルームで歌う場面がある。その歌は「ペーパームーン」。「ただの紙のお月様〜(略)〜でも、それは偽りじゃなくなるの。あなたが私を信じてくれるなら」という歌詞がある。この状況はジャスミンにも当てはまる。彼女にとって、事実と向き合うのは不幸に直面すること。だから、常に現実から目を逸らす。他人から嘘ととらえられようと、彼女には騙すつもりなど毛頭なく、伝えたいテーマを明確にするための脚色なのだ。月をモチーフにした1930年代のスタンダードの名曲2つもまた、アレンとウィリアムズの作品をつなぐ鍵だ。

そして、ジャスミンの最後の台詞に胸を突かれる。なんという容赦のなさ。近年ヨーロッパで気楽に笑えるコメディを撮り続けてきたアレンが久々に戻ったアメリカで、見る者の心をえぐりながら同時に笑わせてしまう、恐るべきコメディの傑作を作り上げた。(文:冨永由紀/映画ライター)

『ブルージャスミン』は5月10日より新宿ピカデリーほかにて全国公開される。

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