『捨てがたき人々』
主人公になりきった大森南朋のただならぬオーラ
鬼才漫画家・ジョージ秋山原作による「捨てがたき人々」が映画化された。人間の業と欲を暴き出す、赤裸々な人間ドラマに仕上がっている。主人公は不細工で自堕落で、セックスのことばかり頭をもたげるどうしようもない男、狸穴(まみあな)勇介だ。
・【元ネタ比較】『捨てがたき人々』卑しくて情けない人間のもがき苦しみ、怒涛の後半から涙が止まらず
プロデューサーと脚本を手がけた秋山命(いのち)氏は、映画化に動き出した早い段階で榊英雄監督から「主演はなおちゃん(大森南朋)でやりたい」と提案されたそうだが、当初は違和感を感じたという。狸穴役が大森南朋ではイケメン過ぎるだろう、というのだ。筆者もそう感じたし、強いてハマりそうな俳優を挙げるなら佐藤二朗あたりではないだろうか。そう話すと、秋山氏はそれもありだろうと素直に受け入れてくれた。
ただ、秋山氏が榊監督の勧めで初めて大森南朋に会ったとき、ただならぬ役者オーラを感じ、彼は「すごい奴だ! この人ならできる!」と確信した。そして、本作のロケ地の五島列島に赴いたとき、そこにいた大森南朋は体型も肥えて太り、“狸穴勇介”以外の何者でもないと秋山氏は感動した。原作にある哲学論をセリフやナレーションにはせず、役者の埋蔵量に託したが、それは成功だったと感じたという。
秋山氏は京子役の三輪ひとみについても、初めは美人過ぎる点が気になった。京子役として成立させるのは難しいと思っていたところ、スタッフから顔にアザがあるというアイデアが出され、結果的にそれがとても効果的であった。秋山氏の思う京子の裏の設定として、若い頃に都会に出てメイクでアザをカバーして都会の暮らしをがんばっていたけれども、結婚に失敗して田舎に戻ってきたというものがあるのだとか。確かに三輪ひとみの京子はキレイだが、心に深い傷があることを感じさせる。秋山氏は大胆な濡れ場もある京子役を演じるに当たって、三輪は悩みながら現場に臨んだと思うが、その悩める内面がにじみ出ていたところも京子役にぴったりとハマったと感じている。
また、キャスティングにおいて秋山氏が提案したのは京子の叔母であるあかね役の美保純だ。ジョージ秋山の原作漫画の映画化『ピンクのカーテン』で世に出た美保が本作に出演している縁を筆者は嬉しく感じたが、秋山氏の裏の設定ではあかねはまさしく『ピンクのカーテン』のヒロイン・野理子なのだという。都会で人の人生をいっぱい見てきた野理子のその後の姿というわけだ。秋山氏は意図したわけでなく、美保演じるあかねのキャラクターが本作の軸となるキーマンとなり、登場人物のなかで唯一やや達観した目線を持つ役どころであり、いちばん自分に重なるキャラクターとなったという。もちろん、すべての登場人物に自分自身を感じることができ、秋山氏は完成作に非常に満足している。
興行目標は?との質問に、数字でどのくらいというよりも、ありきたりかもしれないが、いろんな人に見て欲しいと秋山氏は答えた。「“大人”になりたい人、みんなに見て欲しい。大人って年齢で表すものじゃなく、精神的なもの。この映画は年齢制限があるけれど、見られる年齢になったらぜひ見て欲しい。それに、名作とまでは言わなくても、見た人の心にひっかかる作品になるといい。映画は後世にも残っていくという利点があるから、オヤジが死んだ後、なんなら自分が死んでからでもずっと見てもらえる作品になってほしい」と期待している。
秋山氏は今後もジョージ秋山の原作漫画を映像化する構想を練っており、候補作は「浮浪雲」や「スターダスト」、「デロリンマン」と枚挙に暇ないが、なかでも今熱い想いを抱いているのが、少年たちの友情と成長を描いた「花のよたろう」の実写化だ。「捨てがたき人々」とはまた違った趣のジョージ秋山の温かみあるヒューマニズムを実写版で見てみたいものだ。(文:入江奈々/ライター)
『捨てがたき人々』は全国順次公開中。
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