『舞妓はレディ』
周防正行監督が、舞妓をテーマにした映画を構想中で京都の花街を取材していると聞いたのは『Shall we ダンス?』が大ヒットを収めた直後だっただろうか。その話をした故・徳間康快氏は同時に「実現はなかなか難しいだろう」と言っていた。それから10数年、周防監督の活躍を見ながら、その後どうなったのかと思っていた映画が、ついに完成した。それもミュージカルという形で。
なんというタイトル、なんという内容! ワクワクせずにはいられない。言うまでもなく、これは京都・花街版の『マイ・フェア・レディ』なのだ。舞妓不足に頭を悩ませている京都のお茶屋に、何のツテもない少女が「舞妓になりたい」と押しかける。鹿児島弁と津軽弁のバイリンガル(!)のヒロイン・春子に、言語学者の「センセ」が興味を持ち、彼女を一人前の舞妓にさせようと京ことばの特訓にとりかかる。
下町育ちの花売り娘を言語学者がレディに仕立てるべく、教育していくオードリー・ヘプバーン主演のミュージカル映画『マイ・フェア・レディ』への目配せは、タイトルのみならず随所にあふれている。センセの研究室で言葉の矯正訓練を始める春子が習うフレーズは「京都の雨はたいがい盆地に降るんやろか」。これは『マイ・フェア・レディ』でコックニー訛りのヒロインのアクセントを直すために用意した言い回し「スペインの雨は主に平野に降る(The rain in Spain stays mainly in the plain)」にかけてある。
もちろん、監督の長年のフィールドワークの賜物であるストーリーはオリジナルだし、なんといってもヒロイン・春子を演じる上白石萌音が最高に輝いている。眉も整えていない化粧っけなしの垢抜けない少女として登場する彼女が、ミュージカル・シーンになった途端に見せるダンスの身のこなしの軽やかさ、澄んだ歌声の清らかさ。この鮮やかなギャップだけでも、彼女の起用は大正解と確信できる。小さな体にガッツを漲らせながら、健気に舞妓修行に励んでいく姿は、撮影当時16歳だった上白石本人の女優としての成長過程とも重なるようで、スター誕生の瞬間を見ているような感慨を観客にもたらす。
ミュージカル・ナンバーとして後世に残る名曲があるかといえば、それはまだ何とも言えないところだし、この人物やエピソードは必要なのか?と思う箇所もあるのだが、少女の成長を追うことに集中していくうちにそんなことは気にならなくなる。
春子が見習いを始めるお茶屋「万寿楽」がある花街「下八軒」を具現化した約3000平方メートルのオープンセットを始め、京都各所でロケも敢行し、土地の空気が漂っているのもいい。そこに大きく貢献しているのは富司純子と田畑智子だ。京都育ちの2人が演じる「万寿楽」の女将と訳合って古参の舞妓である母娘のやりとりは本当に京らしさに満ちていて、うっとりする。
春子やセンセをはじめとする部外者の野暮ったさと、「万寿楽」の母娘、岸部一徳が演じる馴染みの旦那が体現する京の粋の対比が、大切に守られてきた独特の伝統を魅力的に伝える。きれいごとだけではないところも含めて、花街のしきたり、矜持を網羅しつつ、心躍るミュージカルを作り上げた周防監督。忘れていた頃に素敵なプレゼントをもらったような気分を味わえた。(文:冨永由紀/映画ライター)
『舞妓はレディ』は9月13日より全国公開される。
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