批評家受けは良くないものの
映画界への貢献度は絶大
(…前編から続く)
もともと「10本撮ったら監督業はやめて、プロデュースに専念する」と言っていた彼は、9本目の『ジャンヌ・ダルク』完成後に映画製作会社「ヨーロッパ・コープ」を設立。広末涼子がジャン・レノと共演した『WASABI』(01年)やジェイソン・ステイサム主演の『トランスポーター』シリーズなど、娯楽作を中心にプロデュースし、自分と同世代かより若い監督たちにチャンスを与え、フランス映画界に新風を吹き込んだ。実際、ベッソンのフランス映画界発展への貢献度はかなり高く、パリ郊外のサン・ドニに「シテ・デュ・シネマ(映画都市)」という複合施設を企画した。2000年から計画され、不況による資金難で頓挫の危機に瀕しながら2012年にようやく完成。6.5ヘクタールの敷地には9つの撮影スタジオ、映画学校、ヨーロッパ・コープやベッソン経営の広告代理店「Blue Advertainment」、レストランや保育所などが入っている。
・気難しいアーティストを装うしたたかな経営者、リュック・ベッソンの変遷/前編
90年代から直接取材や記者会見などで本人と接していて常に感じるのは、エンターテインメントの作り手側としてはめずらしく、あまり冗談の通じないタイプということ。機嫌良さそうな表情は見たことがなく、話はとりあえず説教から始まる。八つ当たりではなく真っ当な意見だからと黙って拝聴していると、「何も言い返さないのか? だからお前らは……」とさらに拍車がかかる。
作品のみで勝負する人、自分のキャラも武器にする人、映画監督も様々なタイプがいるが、ベッソンは自身についてかなり情報をコントロールしている。たまに自ら経歴について語る時は、過去も現在も肝心なところはぼかして、実像というより「なりたい自分」像を伝えている感がある。一見気難しいアーティスト風だが、立派な経営者の顔も持つ点から察するに、気分屋な素振りはあくまで芝居、というしたたかな自己プロデュースかもしれない。
強いヒロインを支える男性から
娘に振り回されるお父さんに変貌
唯一、隠さず堂々と世間に晒しているのは女性関係だろう。熊のようにずんぐりした自分と容姿端麗な新進の女優──「美女と野獣」を理想型に相手を探したのかという恋愛が続いた。そのうち2人は自作のヒロインに起用し、女優として花開かせた功績もある。アンヌ・パリローとは1986年に結婚、翌年に娘が誕生した。女優として伸び悩んでいた彼女にプレゼントしたのが『ニキータ』だ。『フィフス・エレメント』と『ジャンヌ・ダルク』にはミラ・ジョヴォヴィッチ。この2人は有名だが、実はもう1人、今や監督としても活躍するマイウェン・ル・ベスコがいる。
マイウェンに出会ったのはアンヌが最優秀女優賞を受賞したセザール賞授賞式。翌年アンヌと離婚したベッソンは当時16歳のマイウェンと再婚、数か月後に娘が生まれた。マイウェンは『レオン』『フィフス・エレメント』に出演しているが、『フィフス〜』でベッソンはご存知の通り、今度はミラと恋に落ち、97年に彼女と結婚。だが、『ジャンヌ・ダルク』を一緒に作った後、99年に離婚。ここで魔法がとけたのか、次のお相手はヨーロッパ・コープのプロデューサーのヴィルジニー・シラになった。彼女とは2004年に結婚し、3人の子どもをもうけている。私生活の安定は、フィルムメイカーとしてのベッソンにも変化をもたらしたのかもしれない。
かつて、強く美しいヒロインを支える男性キャラクターに自らを託していた彼だが、『LUCY/ルーシー』にも似た役割の存在はいるものの驚くほど影が薄い。今のベッソンは、『ラスト・ターゲット』や『NO LIMIT』など脚本作に頻出させる「ティーンエイジャーの娘に振り回されるお父さん」に気持ちを託しているのだろう。いくつになっても中学生男子のナイーブさを根幹に残しながら変化していくベッソンに望むことはただ1つ。面白い映画を作る情熱だけは忘れないでもらいたい。(文:冨永由紀/映画ライター)
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