(…前編より続く)この映画は、メディア嫌いで知られるマルタ・アルゲリッチの“素”の姿や発言だけで構成されている。そこが何よりも画期的なところだ。完奏する楽曲がほとんど収録されていないことからも、ステファニー監督の意図は明らか。演奏家としてのアルゲリッチを知りたいのならレコードを聴けばいい。彼女は“現代最高のピアニスト”ではなく、ただひたすら“自分の母親”を記録することに主眼を置き、限りなくプライヴェート・フィルムに近い映像の断片を、自身のモノローグによってつなぎ合わせている。そこには商業的な演出は皆無で、音楽家としてのマルタの軌跡を辿った王道的なドキュメンタリーを期待して見ると肩透かしを食らうことになる。
「よくわからないけど何か変なの」とか「うまく言葉にできないけどなぜかイライラするの」といった感覚的な発言が多いマルタ・アルゲリッチは、絵に描いたような気分屋。ステファニー監督はそこも包み隠さずカメラに収めているが、親子でしか生まれることのない親密な空気感の所業なのか、そういった要素がすべて彼女の天才性とかカリスマ性ではなく、女性/母親としてのチャーミングさを引き立てることにつながっている。彼女の弱さに光を当てることで、幼少期から遠い存在だった母親を少しでも近くへたぐり寄せようとしているかのようだ。
今年で16回目となる「別府アルゲリッチ音楽祭」でも知られるように、マルタ・アルゲリッチは大の親日家。先述の評伝でも、彼女がいかに日本の伝統や文化に魅せられているかが一章を割いて細かく記されている。本作にも来日時の映像がふんだんに使われているが、ここでは日本というロケーションはさして意味を持っていない。母と子の対話の場が、たまたま日本だったという程度だ。そんなところにもステファニー監督のブレない制作意図が感じられて頼もしい。
撮影時期に10年以上の開きがあるため、トレードマークである美しい黒髪が少しずつ白くなっていく様子も、本作では残酷なほど率直に記録されている。73歳という年齢を考えると、マルタ・アルゲリッチが演奏旅行で世界を飛び回る時間はそれほど残されていないかもしれない。そんなタイミングでこの映画が作られた意味はとても大きい。ステファニー・アルゲリッチにとってはこれが初監督作品になるわけだが、母親と関係のない映像作品を作ったらどんなものに仕上がるのだろうか。そんな期待が膨らむ、記憶に残るドキュメンタリー映画だと思う。(文:伊藤隆剛/ライター)
『アルゲリッチ 私こそ、音楽!』は9月27日より公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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