(…前半より続く)主演のシャルロット・ゲンズブールについて考える時に、避けて通れないのがその“血統”だ。ユダヤ系ロシア人としてフランスの音楽や映画、文学の分野を牽引したセルジュ・ゲンズブールを父に、イギリスでビートルズ周辺の作品に出演後、フランスに渡ってセルジュと事実上の結婚生活を送りながら彼の楽曲や映画で“ロリータ”を演じ続けたジェーン・バーキンを母に持つシャルロットは、10代前半から女優として、歌手として活動を開始。特に映画では『なまいきシャルロット』や『シャルロット・フォー・エヴァー』『他人のそら似』『僕の妻はシャルロット・ゲンズブール』など、本人役で出演することが多く、彼女がいかに本国でキャッチーな存在なのかを察することができる。それだけに、トリアー監督の『アンチクライスト』における身体を張った演技は、衝撃を持って迎えられた。
・芸術か猥褻か。映像も音も刺激的な『ニンフォマニアック Vol.1/Vol.2』『ニンフォマニアック Vol.1/Vol.2』/前編
自身も歌手として活動しているからなのかどうか分からないが、シャルロットの出演する映画には音楽が秀逸なものが多い。なかでも夫のイヴァン・アタルが監督・出演している『僕の妻はシャルロット・ゲンズブール』は、ジャズ・ピアニストのブラッド・メルドーが全面的にサウンドトラックを手がけており、素晴らしい出来映えになっている。レディオヘッドやニック・ドレイクをカヴァーするなど、ポピュラー音楽とジャズの橋渡し的な役割を見せるメルドーだけに、この作品でもポール・マッカートニーの隠れた名曲をジャズ・アレンジで演奏するなど、なかなか味わい深い。映画だけでなく、サントラも買い求める価値のある一品としておすすめしたい。
さて、シャルロットの父であるセルジュ・ゲンズブールは、あらゆる面で“挑発者”として知られる人物だ。フランス国歌をレゲエ調にアレンジして右翼団体から狙われたり、1日7箱ものジタンを吸って「煙草は緩やかな自殺」とうそぶいてみたり、あからさまに男女の交わりを描写したジェーンとのデュエット曲「ジュテーム・モア・ノン・プリュ」でローマ教皇の怒りを買ったり、娘のシャルロットのために近親相姦めいた歌を作って歌わせてみたり。フランス・ギャル「夢見るシャンソン人形」のような、誰もが知っている大ヒット曲をものにしている一方で、そんな商業主義やセンチメンタルを嘲笑うような芸術性やデカダンスを常に併せ持っていた。セルジュとジェーンの娘としてアイコニックに扱われてきたシャルロットだが、トリアー監督との仕事によってそんな挑発者の血が呼び起こされたのだろう。『アンチクライスト』と同じ2009年には、シンガー・ソングライターのベックと組んで「IRM」というアルバムを発表するなど、歌い手としても先鋭的で活発な動きを見せている。
この『ニンフォマニアック Vol.1/Vol.2』のエンディング・テーマもベックのプロデュースで、シャルロット自身が歌っている。楽曲は「ヘイ・ジョー」。ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスのカヴァーで知られるこのカントリー・ソングをエンディングに持ってきたのは、シャルロットの役名と曲名を引っ掛けたくらいの理由だと思っていたのだが、改めて歌詞を読んでみると、トリアー監督はこの曲をエンディングで鳴らすために本作で“ああいう結末”を用意したのではないかと思えてくる。それほど内容がリンクしているのだ。結末については賛否両論になるのは間違いないが、こと音楽面に寄り添って作品を見ると、これはこれで腑に落ちる結末ではないかと個人的には思った。皆さんはいかがでしょう?(文:伊藤隆剛/ライター)
『ニンフォマニアック Vol.1』は10月11日より公開中。『ニンフォマニアック Vol.2』は11月1日より公開される。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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