感動的なスピーチで人の心をわしづかみに
何年かに一度、若さと才能あふれる新人監督は彗星のごとく現れる。たとえば、26歳で『市民ケーン』を監督・主演したオーソン・ウェルズ、27歳で『激突!』を撮ったスティーヴン・スピルバーグ。1989年に『セックスと嘘とビデオテープ』でカンヌ国際映画祭の最高賞パルム・ドールを史上最年少の26歳で受賞したスティーヴン・ソダーバーグもいる。ソダーバーグが受賞したその年にカナダで生まれたのが、今年5月開催の第67回カンヌ国際映画祭で、最新作『Mommy(原題)』が審査員賞に輝いた25歳のグザヴィエ・ドランだ。
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カナダのフランス語圏であるケベック州モントリオールに生まれ、5歳の頃から子役として活動してきたが、一躍注目を浴びたのは2009年、脚本・主演も兼ねた『マイ・マザー』で監督デビューしたときだ。半自伝的と自ら語るこの作品は第62回カンヌ国際映画祭「監督週間」で上映された。そこからは破竹の勢い。続く『胸騒ぎの恋人』でも監督・主演し、第63回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で上映、2年後の第3作『私はロランス』ではメルヴィル・プポーを主演に迎え、第65回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」で上映され、若き天才監督の名前を欲しいままにした。そして監督デビューからわずか5年で、カンヌで審査員賞を受賞。しかも、あのジャン・リュック・ゴダールと栄誉を分け合うという快挙には、映画界からの期待の高さがうかがえる。
同性愛者であると公言し、ジェンダーの問題や母親との関係など、きわめてパーソナルなテーマにこだわりながら、先入観や思い込みを交じえず、背伸びもせず、ヒリヒリと迫ってくる臨場感で描いている。等身大にして恐るべき完成度の作品をコンスタントに作っては、国際映画祭という場でその成長をアピールし続け、確実に存在感を示していく。かなりの戦略家であり、それでいて作りたいものについては妥協しない強さが印象的だ。
25日から日本公開になる『トム・アット・ザ・ファーム』は、『Mommy』の前作にあたり、主演もつとめる。今回は自身の脚本ではなく、現代カナダを代表する劇作家、ミシェル・マルク・ブシャールの戯曲の脚色だ。恋人・ギヨームが亡くなり、葬儀が行われる彼の故郷に向かった青年・トムは、ギヨームの兄・フランシスから「弟との関係は母親に絶対明かすな」と強要される。何も知らない母親、高圧的なフランシスとの奇妙な共同生活が始まり、そこに隠された過去の秘密がからんでくる。
オリジナル脚本で、音楽や衣裳にまで積極的に関わり、ほとんどの作品に自ら主演し、まさに自分の芸術として映画を作り続けてきたドランが他者の感覚を取り入れたことで、その世界は新鮮な広がりを見せた。この柔軟性、吸収力はやはり彼の若さの成せるものだ。それでいて、クライマックス・シーンでフランシスに着せたブルゾンに大きく書かれた文字、エンディングに流れるルーファス・ウェインライトの歌にメッセージを託し、しっかりと「この映画はグザヴィエ・ドランの作品なのだ」と観客に思い知らせるのもさすがだ。
来年公開予定のチャールズ・ビナメ監督作『エレファント・ソング』に主演し、俳優としても活躍の場を広げている。誰かの物語を伝えるツールになることもできるが、自分の作る物語だからこそ、思った通り完ぺきに表現するために演じる。それが彼のスタイルだ。『トム・アット・ザ・ファーム』で他者の物語を演じた彼は『Mommy』では再びオリジナル脚本に戻ったが、演じることは他の俳優たちに任せた。
1作ごとにめざましく成長していく彼は、5月にカンヌでの受賞時に「人々を感動させ、笑わせ、泣かせることで、人々の意識や人生を、ゆっくり変えていくことができるのです。政治家や科学者だけでなくアーティストも世界を変えられるのです」という感動的なスピーチで、人々の心をわしづかみにした。
老成とは違う。年相応の若さと情熱のほとばしりをそのまま、驚異的な創造性で形にすることのできる天才。それがグザヴィエ・ドランだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『トム・アット・ザ・ファーム』は2014年10月25日より公開される。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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