『やさしい人』
フランスという国では、男は顔じゃない、というのが建前ではなく真理として成立している。もちろん、イケメンがいい思いをする機会が多いのも厳然たる事実だが、どうみてもカッコいいとは言いがたい容姿の男性が臆面もなく二枚目な行動をとり、それなりの成果を得ているから、フランスは恋愛大国と言われるのだろう。
・【映画を聴く】夭逝した天才ミュージシャン父子を圧倒的な音楽力で描いた傑作
『やさしい人』は、昨年公開の中編『女っ気なし』で往年のエリック・ロメールやジャック・ロジエを思わせる作風で話題を呼んだギヨーム・ブラック監督の初長編作。主演は『女っ気なし』や短編『遭難者』に続いて、頭頂部薄めの長髪に小太りのヴァンサン・マケーニュ。ブルゴーニュの小さな町・トネールにパリから帰郷した中年男・マクシムの物語だ。インディーズながら、パリではそこそこ名も売れたロック・ミュージシャンだが、今は父親が1人暮らしをしていた実家で同居中。父の愛犬も一緒だ。ギターをつまびきながら、英語の歌詞の断片をつなぐ姿もどこか物悲しい。
雪のちらつく季節にまたしても女っ気なし……と思っていると、フランス語で雷を意味する名(Tonnerre)を持つ町で、まさに雷に打たれたような出会いがマクシムに訪れる。地元の情報誌からの取材でインタビューに来た若い女性記者・メロディといい感じになっていくのだ。それも、どちらかというと彼女の方がマクシムに気がある様子。
日本でも最近は40代男性が20代女性にモテる現象が起きているというが、フランスでは日常茶飯事の光景だ。かくして、自信を持てない自分の背中を押す、ちょっと気の利いたマクシムの言動やダンス教室で彼の見せた行動にほだされ、メロディはたちまち恋に落ちてしまう。余裕で彼女を受けとめるマクシムだったのだが、ほんの数日で事態は一変する。メロディが同じ歳頃の元カレとよりを戻したのだ。サッカーのプロ選手で将来有望で、見映えもいい。連絡の途絶えた彼女の留守電に伝言を残しても、返事はまったくない。思いつめたマクシムはとんでもない行動に出る。
中年になっても心は子どもっぽいまま、とバッサリ切り捨てるのはしのびない。体裁とか相手への思いやりとか、そんな余裕もなくなるのが恋している時なのだから。とはいえ、マクシムの暴走は1つ間違えば取り返しのつかない結果を招くもので、絶対に支持できない。それだけに、ブラックが導き出した結末の美しさには心打たれた。中年男と、ミュージシャンやサッカー選手との恋に恋する女子。どちらも傷つくけれど、それだけでは終わらない。
個人的には、父親とマクシムの描写も印象深い。母親のような甲斐甲斐しさで息子に世話を焼きつつ、恋多き男性でもある父親を演じるベルナール・メネズは前述したロジエの『オルエットの方へ』『メーヌ・オセアン』に出演している。(文:冨永由紀/映画ライター)
『やさしい人』は10月25日より公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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