『カムバック!』
(…前編から続く)サルサと言っても、日本ではタンゴやフラメンコとごっちゃになっている人が多いかもしれない。“情熱的”とか“ラテン系”とか“セクシー”とか、付けられる形容詞は似通っていても、これらはそれぞれに違うダンス音楽として進化し、世界各地に広まっている。このうちサルサはラテン音楽のなかでも比較的新しい部類に入り、スペイン語のソースに由来するその名前からも分かるように多種多様な音楽が混ざり合って成立している。劇中を彩る音楽を聴いても、ロックやテクノなども取り込んで日々進化を続けるサルサの現在形を感じることができるだろう。
・サルサ版『ロッキー4』!? ニック・フロストのキレキレのサルサ・ダンスに目が釘付け/前編
数あるダンス音楽のなかで、なぜ本作のテーマはサルサなのか? 同じラテン音楽のなかでも、サルサはアルゼンチンタンゴなどと比べてテンポが速く、比較的明るいトーンを持っている。ニック・フロストが思い描いた「メタボな自分が踊りまくる」というイメージをもっともキャッチーに、かつ面白く演出できる音楽形態がサルサだったのだろう。
終盤のダンス・シーンが間違いなく本作のクライマックスだ。半年におよぶ集中レッスンを受けたというだけあって、ニック扮するブルースのサルサ・ダンスは超本格的。かつて天才サルサ少年だったというキャラ設定に説得力を持たせるキレっぷりだ。メタボな自分が軽快に踊ることで生まれる可笑しさをばっちり体現しながらも、それと背中合わせの孤独感がサルサのリズムによって絶妙に引き出されている。
エドガー・ライトやサイモン・ペグとタッグを組んで多くのコメディ映画に出演してきたニックだが、本人が『ショーン・オブ・ザ・デッド』や『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』の役どころとは違う感性を持つキャラクターを演じたかったと言うだけあって、ブルースはただ面白いだけの道化ではなく、相応の深みを持った人物として見る者の記憶に焼き付くはずだ。ニック・フロストの新しいフェーズをとらえた作品としても、この『カムバック!』は彼の出演作のなかでも重要作となるに違いない。
サルサを取り扱った映画と言えば、『ダンシング・ハバナ』やヴァネッサ・ウィリアムズ主演の『ダンス・ウィズ・ミー』、ライ・クーダーが音楽を担当したドキュメンタリー『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』あたりが思い浮かぶが、ドラマ性と音楽の親密性という意味では99年の『サルサ!』が断然素晴らしい。『カムバック!』でサルサに魅せられた人にとっては、より深くその音楽的ルーツを知るための道標になると思う。未見の方はぜひ。(文:伊藤隆剛/ライター)
『カムバック!』は10月25日より公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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