『ストックホルムでワルツを』
ジェームス・ブラウン、ジェフ・バックリィ、フランキー・ヴァリ、ブライアン・ウィルソン等々。このところミュージシャンの伝記映画が相次いで公開されているが、今日から上映の『ストックホルムでワルツを』も、スウェーデンの女性シンガー、モニカ・ゼタールンドの半生を描いた伝記作品だ。
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モニカ・ゼタールンドの名前は、日本ではある程度ジャズ/ポピュラー音楽ファンを自認する人にしか知られていないだろうし、しかもそのうち半分くらいは「ああ、ビル・エヴァンスの『ワルツ・フォー・デビイ』を歌ってた人ね」くらいの知識しか持っていないかもしれない。筆者もそんなひとりで、正直なところ彼女のアルバムはその『ワルツ・フォー・デビイ』しか聴いたことがないし、彼女が映画で描かれているような浮き沈みの激しいキャリアを重ねていたことも、2005年に自宅の炎上という悲劇的な理由でこの世を去っていたこともまったく知らなかった。それでも本作は、見る者をも引き込まずにはおかない彼女の魅力を存分に伝える映画に仕上がっている。
モニカを演じているのは、スウェーデンを拠点に活動するシンガー・ソングライター/ピアニストのエッダ・マグナソン。女優プロパーにしか見えない美人さんだが、映画出演は本作が初めてとなる。ここでの演技が評価されて、本国のアカデミー賞にあたるゴールデン・ビートル賞主演女優賞を受賞したというだけあって、田舎町で電話交換手として働くシングルマザーから国民的シンガーに上り詰めていくモニカを生き生きと演じている。風貌もモニカ本人とよく似ていて、彼女の存在なくしてはここまでの作品は出来上がらなかっただろうと思わせる存在感を放っている。
本業が歌手であるから、歌唱表現はもちろん素晴らしい。劇中で“自分の歌”を模索している時代にはちゃんと迷いのある歌い方をしていたり、シーンごとの“歌い分け”がとても巧みなのだ。物語としてのピークは、やはり「ワルツ・フォー・デビイ」でのビル・エヴァンス(こちらも本人そっくり!)との共演シーンに置かれているのだが、そこでの堂々たるヴォーカルは傑作として名高い『ワルツ・フォー・デビイ』のモニカ本人の歌唱を彷彿させる。ここでのパフォーマンスは、長年続いた父との確執に大きな変化をもたらすきっかけとなる重要なものなのだが、それを十分に納得させるだけの名唱である。また、モニカがビル・エヴァンスへ直接デモテープを送ったことによって実現したというこの共演に結びついたエピソードもしっかり再現されている。
本作では他にもレイ・チャールズで知られる「旅立てジャック」やスタンダード曲の「捧げるは愛のみ」「イット・クッド・ハプン・トゥ・ユー」、デイヴ・ブルーベック・カルテットの有名曲「テイク・ファイヴ」、ビリー・ホリデイの「月光のいたずら」といったさまざまなジャンルの名曲が散りばめられている。ジャズに留まらず多彩なジャンルの曲にスウェーデン語の歌詞を付けて歌ったモニカの活動をよく表す選曲で、アメリカやイギリスとは事情の違うスウェーデンの流行歌史を覗き見るような面白さがある。
なお、本作の公開に先行して、エッダ・マグナソンのヴォーカルをフィーチャーしたサウンドトラックが発売されているほか、『ワルツ・フォー・デビイ』を含むモニカ・ゼタールンド本人の代表作5枚のCDも再発されている。さらに12月20日/21日にはエッダのブルーノート東京での来日公演も予定されているということで、これを機に本作の世界観により深く浸ってみてはいかがだろうか。(文:伊藤隆剛/ライター)
『ストックホルムでワルツを』は11月29日より公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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