(…前編より続く)手渡されたiPodとヘッドフォンで過去の思い出の詰まった楽曲を聴き、認知症に悩まされる人たちのなかにさまざまな変化が生じる。ある老女はルイ・アームストロング「聖者の行進」を聴いて、自分が一番幸せだった少女時代を思い出して涙を流す。娘の名前すら思い出せず、10年以上もふさぎ込んでいた94歳の男性は、大好きだったキャブ・キャロウェイのスキャットを真似ていきなり歌い出し、介護士を驚かせる。双極性障害を併せ持つ女性は、長年手放せなかった歩行器から離れてラテン音楽に合わせて身体を揺らし始め、自分がアルツハイマー病であることを認められずに投薬を拒み続ける男性は、シュレルズ「Will you love me tomorrow」を聴いて満面の笑みを浮かべる。
・前編/音楽で認知症を改善!? 『パーソナル・ソング』に見る、音楽の心と身体への効能
とりわけ劇的な反応を見せるのが、メアリー・ルーという初期のアルツハイマー病を患っている女性。コーエン氏は、病状が進行しても彼女が夫や孫に対して変わらぬ愛情を注ぎ続けていることに注目し、好きなものを好きと思う脳の領域は侵されていないと推測。iPodで懐かしのトレメローズ「Fa La La La La La La」を再生する。すると彼女は当然「踊っていい?」と椅子から立ち上がり、部屋中を踊り出す。その後ビートルズの「Blackbird」「抱きしめたい」「Hey Jude」、ベン・E・キング「Stand By Me」といった思い出の曲たちと次々に“再会”することで、彼女の症状は明らかに快方へと向かっていく。
人格を失ったかに見える人たちが、あるきっかけで再び自己を取り戻す。映画ファンならそう聞いて『レナードの朝』という作品を思い出すかもしれない。本作にはその原作者であり、著名な神経学者でもあるオリバー・サックス医師も登場し、音楽と脳の関係についてコメントしている。また、ミュージシャンのボビー・マクファーリン氏による身体と音楽を使ったコミュニケーション方法を教えるワークショップなども効果的に挟み込まれ、音楽が心と身体に与える効用を多面的に見せていく。
空気の振動でしかない音が音楽となって脳に届く時、それは食べ物や水と同じように生活に欠かせないものとして認識されることが、最近の脳科学分野の研究で分かってきたという。だとすると、本作で明らかになる「1,000ドルの薬には保険が出るのに、40ドルの音楽プレーヤーには出ない」という現実、つまり音楽療法が医学的行為と見なされない現状に疑問を投げかける意味は大きい。一音楽ファンとして、ひとりでも多くの人に本作を見てもらい、音楽の持つ力について改めて考えてみてほしいと思う。(文:伊藤隆剛/ライター)
『パーソナル・ソング』は12月6日より公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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