結婚について、男と女について描く、笑えるほど怖いサイコ・スリラー

#週末シネマ 2014.12.13

『ゴーン・ガール』

これは問題作。結婚について、でもあるが、それよりむしろ人間の心の底知れなさに震えがくるサイコ・スリラーだ。しかも笑える。『ゴーン・ガール』は男と女にまつわるコメディであり、悲劇でもあり、ホラー並みの恐怖も味わえる快作だ。

結婚5周年の記念日に妻が突然失踪する。自宅には拉致された形跡があり、大がかりな公開捜査が始まるが、キッチンの大量の血痕や妻の残した日記の内容から、やがて夫に妻殺しの疑いの目が向けられる。興味本位の報道やネット世論も過熱し、失業してニューヨークから夫の故郷のミズーリに移り住んだ美男美女カップル、ニックとエイミーの知られざる秘密が次から次へと暴かれていく。

物語自体、実は読んでこそ面白い作品だ。ニックもエイミーもニューヨークでは雑誌のライターをしていた。2人の主観が交互に登場する構成の原作は、夫側と妻側それぞれのストーリーがあり、文体にも個性の差がある。一方、原作者のギリアン・フリンが脚色も手がけ、デヴィッド・フィンチャーがメガホンを取った映画はというと、圧倒的にベン・アフレック演じる夫の側に立ち、知らずに過してきた妻の内面をたどる展開になっている。

ベン・アフレックはこれ以上ない適任だ。頭はいいのにどこか鈍感そうで、笑顔が素敵で、あごが割れている。この3点がニック・ダンという主人公を表す全てと言ってもいい。行方不明のエイミーはブロンドの美女。児童心理学者の両親がシリーズ化した書籍「アメイジング・エイミー」の主人公のモデルでもあり、誰からも愛されるアメリカン・ガールのイメージというと、製作者に名を連ねるリース・ウィザースプーンが相応しい気もするが、演じるのは『アウトロー』のロザムンド・パイク。知的な英国美人女優が、謎と秘密に満ちたヒロインを完ぺきに演じている。詳しくは明かさないが、映画を見ればオスカー受賞ものの名演と誰もが思うはず。

ニックの双子の妹、捜査にあたる警察、事件をセンセーショナルに報じるテレビ番組スタッフ、エイミーの両親、不利な状況を打破するためにニックが雇う辣腕弁護士、そのほかニックとエイミーが関わった人々。ちらっと登場するだけの人物にもしっかりしたキャラクターと役割がある。見るからに教養のなさそうな負け犬が一番冷静に観察し、客観的に状況を把握している。タイラー・ペリーが演じる弁護士がしたり顔でうまいことを言うたびに、ニック（および男性観客）は「わが意を得たり」と、ちょっと安心するのだろう。

何を書いてもネタバレになりそうなので、映画を見ながら頭に浮かんだことを3つ挙げてみる。1つめは、本気でなりふり構わない人間には絶対敵わないということだ。策士が策に溺れる最大の理由は、目先のことだけ考えて突っ走る人間と関わるから。ここでは相手を見くびって痛い目に遭うという事態が何度も起こる。2つめは、この世には絶対に親になってはいけない人間がいるということ。ここではそれが一例にとどまらず、これでもかと現れる。もしかしたら登場人物全員かもしれない。3つめは、高倉健の訃報後に紹介された過去のインタビュー映像にあった「愛の反対は無関心」という言葉だ。これはノーベル平和賞を受賞した作家、エリ・ヴィーゼルの「愛の反対は憎しみではなく無関心」が元になっているが、本当に良く言ったもので、被害者意識が強くて罪悪感の薄い似た者同士の主役2人が置かれた状況、精神状態はこれで言い表すことができる。

夫婦は他人だ。そして他人が本当は何を考えているのかなんて、知ることはできない。そんな自明の理から、これだけ起伏に富んだ物語を作り出したのは見事。笑えないはずが、笑ってしまう。その後で背筋が寒くなる。念を押すようなわかりやすさと、ジェットコースターに乗っているときに味わう安心感と背中合わせのスリル。こうでなくちゃ、と快哉を叫びたくなる。フィンチャーのキャリア史上最大のヒット作となったことも納得の、これぞ究極のエンターテインメント作だ。（文：冨永由紀／映画ライター）

『ゴーン・ガール』は12月12日より公開中。

冨永由紀（とみなが・ゆき）
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。

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