『バンクーバーの朝日』
日系移民社会、野球チーム。それぞれ映画1本作れる題材2つを1つの物語に収めている。『バンクーバーの朝日』は戦前のカナダに実在した日系人野球チーム「バンクーバー朝日」のメンバーとその家族たちを描く。
・結婚について、男と女について描く、笑えるほど怖いサイコ・スリラー『ゴーン・ガール』
まず圧倒されるのは、1930年代のカナダ・ヴァンクーヴァーの日系人コミュニティを再構築したオープンセット。日本でもない、外国とも言い切れない空間で、日本人の心を持ちながらカナダ社会に適応して生きようとする人々の境遇を視覚的に伝える。つまり、これは体格的に白人には勝ち目のない日系人チームがいかに頭脳野球(Brain Ball)を駆使して勝ち上がっていくかを描く野球映画というより、当時を生きた人々のひたむきさに光を当てる作品になっている。
主人公のレジーはキャプテンだが、万事控えめで勤勉な青年。気性の激しいエース・ピッチャーのロイをはじめとする個性的なメンバーに振り回されるようでいて、その揺るぎない責任感を誰もが頼りにしている。物語は製剤所で働く二世のロイと、日本への郷愁を捨てきれない一世の父、そんな夫を見つめながら日々を精一杯生きる母、カナダ社会に馴染んで学業の成績優秀な妹で構成される笠原家を中心に、チームメイトたち、なかなか勝てない「朝日」を応援する日本人街の人々を丹念に描写する。栃木県足利市で、東京ドーム1つ分の敷地を使って野球場を丸ごと再現した巨大オープン・セットが生み出す効果と相まって、往年の映画を見ているような懐かしさを誘う。
監督は『舟を編む』、『ぼくたちの家族』の石井裕也。オーソドックスな語り口を恐れない一方で、さあ泣け感動しろ!と観客を追い立てない品の良さがある。あの時代に当然のようにあった人種差別についても、低賃金で強いられる苦しい生活も、小柄な体格と俊敏さを活かした野球で同胞のみならず白人たちまでも熱狂させていく過程も、すべて節度を持って描かれる。それゆえに、チームメイト同士のやりとりがちょっと残念に見えることもあった。渋谷あたりの居酒屋チェーン店で飲んでいた男の子たちが1930年代のカナダにワープしたのかと思うような立ち居振る舞い、言葉遣い。敢えて矯正しなかったのだろうが、役者間の佇まいにばらつきが生じ、あまりにも英語を話さない二世、三世たちの設定と同様、やや違和感を覚えた。
一見穏やかだが内に熱いものを秘めたレジーを演じるのは『ぼくたちの家族』にも主演した妻夫木聡、どこかミステリアスな影を帯びたロイを亀梨和也が演じる。『ぼくたちの〜』で妻夫木の弟役だった池松壮亮は最年少のメンバー、フランク。決して出番は多くないが、時代がたどった悲劇を体現する大役を静かに果たしている。
そうした役割を担うのはもう1人、高畑充希が演じるレジーの妹・エミーだ。理不尽な仕打ちを一身に受け、そのうえで兄が率いるチームに思いを託す。エミーがチーム全員を前にスピーチするシーンに心打たれる。すべてにおいて抑制の効いた本作で、静かなトーンは保ちながらも、画面の隅から隅までその場にいる人々すべての感情がほとばしる名場面だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『バンクーバーの朝日』は12月20日より公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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