「映画好き」と言われれば言われるほど、聞きづらくなるのが映画の一般常識。理解しているようでいて実はよく知らない。こっそり訊ねたら「そんなこと知らないの?」と呆れられそう。本コラムでは話題の映画ブルーレイを題材にしながら、いまさら聞けない映画の一般常識や用語についてお話していこう。
●今回のお題「シネスコサイズ」
シネマスコープ、略称シネスコ。いまも昔もこの横長画面を有する大作・話題作が多い。ブルーレイの裏面には、画面サイズ「シネマスコープ」「シネスコ」と記載。しかし「名称の由来を説明して」と訊ねられると、困ってしまう人が多かったりして。そこで今回はこの横長画面(=ワイドスクリーン)に触れよう。
・ビスタサイズ/画質を大幅向上させるも大がかりすぎて一度は消滅…
時は1950年代。ハリウッドの映画業界は、台頭してきたテレビとの激戦に苦しんでいた。テレビの登場から10年を迎えた1952年には、かつては毎週8千万人を数えた観客動員数も6割に減少。ハリウッドはお茶の間を占拠する小型スクリーンを打倒すべく、巨大で迫力のあるワイドスクリーンの開発に乗り出す。
そこに登場したのがシネマスコープだ。これはフランスの発明家アンリ・クレティアンが1920年代から開発を進めていた技術で、発明したアナモフィックレンズと呼ばれる特殊レンズを用いて、撮影時に左右を圧縮した映像を35mmフィルムに記録する。記録された映像は縦長で、上映時にアナモフィックレンズ装着の映写機を用いて左右を伸長、横長の正しい画面サイズを得るという仕組みだ。
そして1952年、この技術を20世紀フォックスが買い取り、ボシュロム光学社と共同で独自の技術として開発。翌年に実用化され、聖書を材にしたスペクタクル史劇『聖衣』をシネマスコープ第1作として公開した。これより2年足らずでハリウッドはワイドスクリーン時代に切り替わる。意外と知られていないが、シネマスコープはフォックスの商標名である。またボシュロム光学社は、革命的技術を称えられてオスカー名誉賞を受賞している。
1960年までの7年間にフォックスは150本ものシネマスコープ作品を製作するが、一方で各社も独自の技術開発に専念。前回で紹介したパラマウント開発のビスタビジョンは、スクリーンサイズがより実用的と興行事業者から高い評価を受けている。
なかでもシネマスコープの周辺機器を扱うパナビジョン社が、高性能のカメラ一体型アナモフィックレンズを発表し、その後の業界のリーダーとなっていく。パナビジョン社は著しい画質向上と予算縮小を実現し、ボシュロム・アナモフィックレンズ使用のシネマスコープ方式は急激に数を減らすこととなる。
そして1966年、フォックスはシネマスコープ方式の映画製作を正式に終了。最後の作品は翌年公開の『おしゃれスパイ危機連発』と『電撃フリント・アタック作戦』であった。しかし、その後も「シネスコ」という略称、「シネマスコープサイズ」という表記は残り、これは映画史に残る革新的技術シネマスコープへの深い敬意と愛情の賜物である。
当初のシネマスコープは2.55:1の画面サイズ(アスペクト比)を有しているが、後に光学式サウンドトラックの追加によって2.35:1に変更された。2.35:1というアスペクト比は一般に認知されているが、近年ではアスペクト比2.40:1と記載されることが多い。実は1970年、パナビジョン社は画像の高さを僅かばかりカットしている。上映時に現れるフィルムのつなぎ目による発光を隠すためのもので、当初のアスペクト比は2.3942:1。幾度かの改訂により2.3912:1に決定し、2.40:1と示されるようになったのだ(幾つかのタイトルは2.39:1と表記されるが、これも正しい)。
近年デジタルシネマカメラ撮影に変わってもアスペクト比2.40:1は継承されているが、70年以降でもパナビジョン・アナモフィックレンズ未使用の作品、上下をマスキングした2.35:1上映作品などはアスペクト比2.35:1と表記されており、ひと言にシネマスコープといってもふたつの画角が表示されているのが実情である(誤認表記も多い)。
オリジナルのシネマスコープ方式作品=アスペクト比2.55:1と前述したが、数あるブルーレイのなかで2.55:1作品は僅少である。その代表作と言うと、4月にリリースされた『エデンの東』(55年)が挙げられる。『聖衣』以降しばらくは凡庸な横長構図の作品が続いたが、『エデンの東』はシネマスコープの構図をもっとも効果的に使った初めての作品だ。映画史に触れる意味でも、これを見逃す手はあるまい。(文:堀切日出晴/オーディオ・ビジュアル評論家、オーディオ・ビジュアル・ライター)
次回のテーマは「レターボックス」。1月23日に掲載予定です。
堀切日出晴(ほりきり・ひではる)
これまでに購入した映画ディスクの総額は軽く億を超えることから、通称は「映画番長」。映画助監督という作り手としての経歴を持ち、映画作品の本質を見抜くには、AV機器を使いこなすこと、ソフトのクォリティにも目配りすることを説く。
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