とても静かに、切なくほのかに温かい気持ちが胸にひろがる。死、そして孤独という心が沈む題材を扱っているのに、そこには微かなユーモアさえある。『おみおくりの作法』は、ロンドン市の民生係として働く中年男、ジョン・メイの物語だ。
彼の仕事は孤独死した人の葬儀の執行で、冒頭から参列者は彼1人という数件の葬儀の描写が続く。故人にちなんだ曲を流し、その人生を振り返る弔辞を書く。それ以前に故人の遺品を整理し、宗教を調べ、葬儀に招待するべく家族・知人を探し出す。だが、連絡を受けても足を向ける者はいない。それでも日々、一切手を抜かずに仕事をこなす。誠実で真摯な姿勢にまず驚くが、もちろんこれは職場の常識を超えた丁寧さ。それが祟って、彼は人員削減のために解雇を言い渡されてしまう。偶然にも自宅の真向かいの部屋に暮らしていたアルコール中毒の老人、ビリー・ストークが最後の案件となった。
ジョンが勤務するのはロンドン南部の下町・ケニントン。チャップリンの生地で、夏目漱石がイギリス留学中に滞在した場所でもあるという。殺風景で人通りもまばら、20世紀のまま時が止まっているような地区は彼の生活圏でもある。ジョン自身、家族もいない孤独な身の上だ。毎日スーツを着て、同じ道を通り、同じメニューの食事をし、夜は自宅で、これまで弔った人々の写真をアルバムに整理する。合理主義の上司に解雇を告げられれば、それも呑み込む。その代わり、ビリーの調査は今まで以上に念入りに取り組む。
遺されたアルバムやわずかな手がかりから、ビリーの足跡をたどる旅が始まる。イギリス各地を転々と回り、かつての彼を知る人々の話を聞いて歩く。ビリー・ストークという他人の人生を掘り下げていくジョンの人生も、あるいはビリーと関わった名もなき市井の人々の人生も見えてくる。そのなかには、疎遠だった娘・ケリーもいた。
人知れず亡くなった死者への惜しみない敬意、心を尽くす“おみおくり”。ジョンの行動は日本人の琴線にふれるものだ。演じるエディ・マーサンはスコセッシ、スピルバーグ、マイク・リーなどの作品に出演する名脇役。名前を知らなくても、顔に見覚えあるはず。どこにでもいそうな風貌で、頼りない男からDV男まで演じる彼の初主演作だ。ケリー役は、先頃発表のゴールデン・グローブ賞テレビシリーズ・ドラマ部門助演女優賞を受賞した『ダウントン・アビー』のジョアンヌ・フロガット。表情に寂しさを湛えた2人の、ぎこちなくも優しい心のふれあいが胸を打つ。監督は『フル・モンティ』『ベラミ 愛を弄ぶ男』などのプロデューサーで本作が監督第2作となるイタリア出身のウベルト・パゾリーニ。
孤独死という、高齢化が進む世界の普遍的な問題を軸に、「おみおくりをし、おむかえが来る=人が生きる」ということを淡々と描く。どんな単調な生活にも、荒れた生活にも、ささやかな幸せがある。ジョンと共にしてきた旅を終えるにふさわしいラスト・シーンが美しい。(文:冨永由紀/映画ライター)
『おみおくりの作法』は1月24日より公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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