『山田孝之の東京都北区赤羽』
おう、おう、山田孝之も俳優気取りをするようになったもんだなぁ、と上から目線で思ったのも束の間、それはすぐに勘違いだと悟ることとなった。テレビ東京系で放送中の『山田孝之の東京都北区赤羽』を見ていたときのことだ。
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公式資料などからザックリとこの番組を説明すると、映画監督である山下敦弘監督の作品の撮影中に、役と自己を切り離すことができなくなった俳優・山田孝之の苦悩する姿を捉えた“ドキュメンタリードラマ”ということだ。番組は山下監督作である『己斬り』のラストシーンのNGカットから始まる。
山田扮する浪人・慎之助は悪と向き合い、諸悪の根源は自分だと気付き、自分を斬ることによってすべてを終えようというシーンらしい。しかし、緊張感漲るなか首元に刀を当てた山田は凝固し、そのまま演技をやめてしまう。
ここで筆者は冒頭で述べたように「はは〜ん」と思った。俳優が役になりきろうとして「まだ気持ちができていないから」とか「セリフに納得できないから」とか言っちゃって、演技を進めなくなるという例のやつね、と。
しかし、それは勘違いだった。「どした? どした? セリフが、あれかな?」と慌てて駆け寄る山下監督に、山田は「セリフじゃないっす。死ねないっす。斬れないっす」と刀を示す。刀が偽物だから、これでは斬れない、自害できないというのだ。……なんだ!?その当たり前の理由? それを受けた山下監督は山下監督で「そう……だね。うん、一応、画としては、慎之助は自害したっていうふうに、見えるから」と、3歳児に映画とは何かを説明するように、至極当然のことをまごまごしながら言う。そして、もちろんそれでは山田は納得しそうになく、それでも撮影を進めようと焦った山下監督はつい口走ってしまう、「だから、慎之助が死んだっていうテイでいいや」。監督が言い終わると、山田は静かに山下監督をギロッッ!! タジタジとなった山下監督は「あ、違うな、テイは、ちょっと……」と、口ごもるほかない。
山田孝之は演技にこだわって俳優気取りしているわけではなかったのだ。あまりに役と同化したため、慎之助=自分→慎之助は自害する=自分が生き続けているのはおかしい→自分も真剣で斬らねば、となり演技が止まったのだ。このシーンの後も、山田孝之は「真剣を用意するか、(自害しない方向に)タイトルと結末を変えるか」を監督に要求し、山下監督は「…………ちょっと、どっちも厳しいかな」と、作品は制作中止となってしまう。
この山田は気迫に満ちているわけではなく、ぶっきらぼうで飄々としているようにも見える。そこが逆にイっちゃってて怖い。そしてその後、山田が浪人姿のまま、撮影所でぶらぶらと自転車を乗り回す姿が写る。それはいいんだ、慎之助の時代には自転車はなかったろうに。どうしたんだ、山田孝之? 大丈夫なのか、山田孝之!?(…中編へ続く)(文:入江奈々/ライター)
『山田孝之の東京都北区赤羽』はテレビ東京ほかにて放映中。
入江奈々(いりえ・なな)
1968年5月12日生まれ。兵庫県神戸市出身。都内録音スタジオの映像制作部にて演出助手を経験したのち、出版業界に転身。レンタルビデオ業界誌編集部を経て、フリーランスのライター兼編集者に。さまざまな雑誌や書籍、Webサイトに携わり、映画をメインに幅広い分野で活躍中。
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