『セッション』
アカデミー賞3部門受賞(助演男優賞/録音賞/編集賞)のニュースも手伝って、各方面で絶賛の声が止まない映画『セッション』。弱冠28歳のデイミアン・チャゼル監督&脚本による初の長編となる本作は、名門音楽院に入学した19歳のジャズ・ドラマーと、彼を徹底的に追いつめる鬼教師のさまざまなやり取りを通して見る者の心理を刺激しまくる、“衝撃しかない”と言っていいくらいの作品だ。
何の前情報も持たずにまっさらな状態で見ることを強くおすすめしたいので、ここでは物語の細かな内容には触れず、公開されるまでのいきさつや音楽的な予習ポイントだけをご紹介したいと思う。
『セッション』の脚本は、高校時代にジャズ・ドラムをやっていたチャゼル監督の実体験を膨らませる形で書かれている。その時に出会ったコーチのスパルタ指導が、J.K.シモンズ演じるフレッチャーの人物造形に大きく関わっているようだ。チャゼル監督の書き上げた脚本は本作で製作総指揮をつとめることになるジェイソン・ライトマンら関係者の目に留まるが、「新しすぎる」という理由からすぐの映画化とはならず、腕試し的に短編映画を制作することに。それが2013年のサンダンス映画祭で見事に審査員賞を受賞、本作のための資金調達につながったという。
とは言え、集まった制作費はわずか3億円。しかも撮影に割ける日数は、たった19日。これはチャゼル監督の希望で主人公に抜擢されたマイルズ・テラーのスケジュールの都合によるもので、監督はドラム演奏の経験がないテラーにドラムの個人レッスンをしながら、1日18時間という過酷なスケジュールで撮影を敢行。途中、監督が交通事故に巻き込まれたりしながらも、作品はなんとか完成へとたどり着いた。
チャゼル監督のそんな“命懸け”の制作姿勢は、この作品の本質と強く結びついている。つまり、本来は人々の娯楽のためにある音楽(や芸術)という行為に、作り手は生活のすべてを捧げる価値があるのかということ。これについて監督は、「チャーリー・パーカーのソロ演奏を聴くたびに人々は至福の時へと誘われる。でもそのためにパーカーが耐えた苦しみは、それで報われるのか? 僕には分からないけど、それは尋ねる価値のある問いだ」と語っており、それは同時に「“いかなる犠牲を払っても偉大であること”を良しとするアメリカの特徴的な概念に関係している」のだという。一見、いかにもピンポイントでマニアックな題材を扱った作品に思える本作だが、その根底には重層的で骨のあるテーマが埋め込まれているわけだ。(後編に続く…)(文:伊藤隆剛/ライター)
『セッション』は4月17日より公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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