【映画を聴く】テーマ曲は坂本龍一、音楽はAska Matsumiya、美しく繊細な音色が彩るSF映画
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A24と小津安二郎を敬愛するコゴナダ監督が組んだ『アフター・ヤン』
“テクノ”と呼ばれる人型ロボットが一般家庭にも普及する近未来を舞台としたSFドラマ『アフター・ヤン』。設立10年目を迎えた現在も高品質な話題作を安定的に送り届けてくれるA24と、デビュー長編『コロンバス』(2017年)から小津安二郎監督へのリスペクトを公言してきた韓国系アメリカ人・コゴナダ監督がタッグを組む作品というだけあって、SFドラマなのに従来のSF作品で見られるようなイディオムがいっさい使われない、きわめて人間的、情緒的な“家族の物語”にまとめられている。
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この物語で描かれるのは、アイルランド系の夫ジェイクとジャマイカ系の妻カイラ、中国系の養女ミカ、そして中国系タイプのテクノであるヤンの4人家族とその日々の暮らし。ヤンはベビーシッターとして、ミカの兄として家族に溶け込んでいる。ある日、ヤンが故障して動かなくなってしまったことから、ジェイクはヤンの体内に埋め込まれたメモリーバンクの存在を知り、そこに映る謎の女性を追う中で、自分が知らなかったヤンの心の内を知ることになる。
Aska Matsumiyaが手がけるノスタルジックな「Mizuiro」
多様なナショナリティが共存する作品世界とは異なり、本編に使用される音楽は、偶然なのか必然なのか、日本にルーツを持つアーティストによる作品で固められているのが興味深い。
まず、サウンドトラックの大半を手がけるのは、日本人作曲家のAska Matsumiya(アスカ・マツミヤ)。小学生の頃に日本からLAに移り住み、早くから広告や映画の分野で音楽活動を開始。2018年に実弟の松宮聖也とともにBlack Cat White Cat Musicを立ち上げ、現在は日本やLAで幅広い音楽活動を展開している。最近の映画音楽としては、HIKARI監督のデビュー作『37セカンズ』(2020年、日米合作)あたりが記憶に新しい。
本作では、ピアノの分散和音を中心に据えた穏やかなポスト・クラシカル的楽曲から、ミニマルなエレクトロニカ曲、空間の揺らぎをそのまま音像化したアンビエント曲、フィットネスのためのエクササイズ音楽までさまざまな楽曲を提供しているが、中でも耳に残るのがチェロの低音で主旋律が奏でられる「Mizuiro」という楽曲。どこかで聴き憶えのあるメロディだと思って調べてみると、どうやら日本人歌手のUAが歌う「水色」と同一曲のようだ(1996年リリースのアルバム『11』に収録)。ただ、「Mizuiro」がAska Matsumiyaの作曲であるのに対して、UA「水色」の作曲者は「めいな Co.」とクレジットされている。もしかしたら「水色」は、キャリア初期のAska Matsumiyaが変名で提供した楽曲なのだろうか。いずれにしても、本作で使われたことが大いに納得できる、ノスタルジックで味わい深い小曲である。
これぞ坂本龍一、シンプルでいて重層的な楽曲「Memory Bank」
テーマ曲の「Memory Bank」を作曲したのは坂本龍一。坂本龍一は2020年6月に直腸がんと診断されて以降、治療を最優先としながらも『MINAMATA ーミナマター』『約束の宇宙』『ベケット』などの映画音楽、2020年末のオンライン・コンサートを収録したライヴ作品『Playing the Piano 12122020』などがコンスタントにリリースされている。がん治療の過程やこれまでの音楽活動について赤裸々に語る文芸誌『新潮』の連載「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」などを読む限り、病状は決して楽観視できるものではないが、この記事を書いている10月13日にはNetflixオリジナル・アニメ『エクセプション』のサウンドトラックの配信も各種ストリーミングサービスでスタート。がん公表時の「もう少しだけ音楽を作りたい」というコメントの通り、と言うかそれ以上に精力的な活動を展開してくれているのが、ファンとしては何とも嬉しく、心強い。
本作のために書き下ろされた「Memory Bank」はその曲名の通り、ヤンのメモリーバンクの映像が再生される背景で使われている。点描のような坂本のピアノにAska Matsumiyaによるスムーズなストリングス・アレンジが重なり、楽曲はゆっくりとドラマ性を帯びてくる。ヤンの記憶を目にしたジェイクの驚嘆や悲哀が入り混じる複雑な感情に寄り添う、これぞ坂本龍一というシンプルながらも重層的な楽曲に仕上がっている。
小林武史による『リリィ・シュシュのすべて』の曲も
劇中のバンドによって演奏され、エンディング・テーマとしても使われている「Glide」は、もともと岩井俊二監督の代表作『リリィ・シュシュのすべて』のために書かれた小林武史の作詞・作曲/プロデュースによる楽曲。オリジナルでは日本人アーティストのSalyuが歌っていたが、本作ではMitski(ミツキ)によるカバー・バージョンが使用されている。Mitskiはニューヨークを拠点とする日系アメリカ人のシンガー・ソングライター、ミツキ・ミヤワキによるプロジェクト。アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれ、幼少期から父の仕事の都合で日本(三重)、コンゴ、マレーシア、チェコ、中国、トルコなどを転々としたという彼女の出自は、さまざまな表情を見せる音楽性にも確かに反映されている。
メモリーバンクには、「Lily Chou-Chou」というロゴがプリントされたTシャツを着た自分を鏡越しに見つめるヤンの記憶が残されている。Lily Chou-Chouは、映画『リリィ・シュシュのすべて』に登場する架空のバンドの名前である。コゴナダ監督は「この曲を蘇らせることが自分の夢だった」とインタビューで語っており、「Glide」は劇中においてもヤンと謎の女性にまつわるドラマのカギとなっている。
温かく愛情に満ちた眼差しの切なさを伝える音楽の力
映画に登場するAIやロボットの多くは「人間になりたい」と願い、その希望は大抵の場合、儚くも消え散ってしまうものだが、本作におけるヤンは、そういった意思をまったく感じさせない、どこまでもフラットな存在だ。しかし一方で、メモリーバンクに残された彼の人間に向ける眼差しは、いつも温かく、愛情に満ちている。Aska Matsumiyaや坂本龍一の音楽は、その切なさを水面鏡のように静謐なトーンで補間していく。サウンドトラックに耳を澄ますことで、『アフター・ヤン』の作品世界がより奥行きの豊かなものに感じられると思う。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)
『アフター・ヤン』は、2022年10月21日より全国公開。
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