死者と生者が交流する映画は古今東西、たくさん作られてきたが、これは革命的。黒沢清監督が今年5月、第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で監督賞に輝いた『岸辺の旅』は、死んだ夫と旅する妻のロードムービーだ。
原作は湯本香樹実の小説だ。夫・が失踪してから3年、ピアノ講師の仕事をしながら彼が戻るのを待ち続ける瑞希のもとに、何の前ぶれもなく優介が戻ってくる。自分は死んだと語る夫の言葉をそのまま受け取り、誘われるがままに瑞希は空白の3年間、優介が転々と過ごした土地を再訪する旅につき合う。
浅野忠信が演じる優介には靴を履いた足がある。誰の目にも見え、触れることができ、本人が「俺、死んだよ」と申告しないかぎり、我々と何一つ違うようには見えない。少年が涙目で「僕には死者が見えるんだ」と訴える『シックス・センス』の立場は?と思うような設定だ。黒沢監督は優介について「幽霊」という言葉を使っていたが、優介は『回路』『叫』など、これまでの監督の映画に登場してきた数々の生者ではない者たちとは様子が違う。しいて言えば、幽霊ではない死者、といったところだろうか。
深津絵里が演じる瑞希は様々な手を尽くして夫の帰還を願ってきた。そして3年ぶりに、音も立てずに靴を履いたまま、自宅の居間に突然戻ってきた夫の言葉を何のためらいもなく受けとめる。こんな事態はあり得ない、と決めつけられるのか? あまりにも静かに淡々と進むこの場面には、そんな凄みにも似た説得力がある。
死者となってから瑞希の待つ自宅へ戻るまでの3年間、優介は独り暮らしの老人が営む新聞店、中年夫婦が営む小さな食堂、山深い村の農家で過ごしていた。彼らは妻を連れて再訪した優介を歓待し、しばし共に過ごす。そこで瑞希は夫の思いがけない一面を知り、この世に生き、死ぬ人の思いにもふれる。そして夫婦として、優介と瑞希は新たな時間を歩んでいく。生と死に分けられているはずなのに、当たり前のような顔をしながら。生者による勝手な思い込みや想像を易々と裏切る死者としての優介の行動と、それに感心する瑞希の愛らしさは微笑ましく、不思議な魅力を放っている。
『アカルイミライ』に続いて、黒沢作品での浅野はまたしても、死してなお強烈に慕われ、愛される男。人々に壮大な宇宙について講話をするカリスマでありながら、親しみやすい。一方の深津は、所在なさげなヒロインだ。ピアノを教える少女の母親の、食堂を営む夫婦の妻の、悪気ない上から目線に押さえつけられる。そんな彼女がある確信のもと、勝てると思って挑む相手もいるのだが、そこでも完膚なきまでに叩きのめされる。こうした場面の1つひとつで深津は素晴らしく、『岸辺の旅』は夫婦の映画ではあるけれど、やはり主役は瑞希なのだと思わされる。
出演はほかに、小松政夫、柄本明、蒼井優など。赤堀雅秋や千葉哲也といった舞台で活躍する俳優が、かつての黒沢作品の常連だった大杉漣や諏訪太郎を思わせる佇まいを見せている。ピアノにまつわる姉妹のエピソードやドラマティックな音楽、シネマスコープの画面など、黒沢作品にこれまでなかった新しさも盛り込まれる。死とは何なのか。生物の肉体や精神までもが弊えても、まだ終わらない何かが、夫婦という形を通して描かれる。(文:冨永由紀/映画ライター)
『岸辺の旅』は10月1日より全国公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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