『アクトレス〜女たちの舞台〜』という邦題の通り、世代が違う女優の三者三様に目を奪われる作品だ。怖いもの知らずで生意気盛りの十代、しっかりしている反面で袋小路に入り込んだように迷う二十代、そして華の盛りを過ぎた現実を見つめる四十代。それぞれの生き方と関係が織りなすドラマは、女性と時間についての物語として、またショウビジネスのバックステージものとしても楽しめる。
主役は映画や舞台で国際的に活躍する大女優のマリア・エンダース。ジュリエット・ビノシュが演じている。ぼさぼさ髪とラフな服装にメガネで、多忙な女優のスケジュールを仕切る有能なアシスタント、ヴァレンティンを演じるのはクリステン・スチュワート。物語はこの2人が列車でスイスに向かうところから始まる。駆出しだった18歳のマリアを舞台「マローヤのヘビ」の主演に抜擢してくれた劇作家ヴィルヘルムに功労賞が贈られ、彼の名代として授賞式に出席するためだ。そこに彼の妻からヴィルヘルムの急死の報が入る。
気丈に授賞式を務めあげたマリアは、新進演出家から「マローヤのヘビ」再演への出演を打診される。だが、オファーされたのはかつて演じた若きヒロイン・シグリッドではなく、シグリッドに翻弄されたあげく自殺する40歳のヘレナ役だった。シグリッドを演じるのはハリウッドのお騒がせ女優で19歳のジョアン・エリス(クロエ・グレース・モレッツ)だという。葛藤したものの、ヘレナ役を引き受けたマリアはヴァレンティンを伴い、「マローヤのヘビ」の由来の地であるスイス東南部の山岳リゾート、シルス・マリアで準備を始める。
冒頭、シャネルのドレスに巻き髪で華やかなスターとして登場するマリアは、シルス・マリアでは髪を短くして化粧っけなし。そこでヴァレンティンと2人で日々、台詞の読み合わせを続ける。合間にジョアンの情報をインターネットで収集したり、ヴィルヘルムの未亡人の訪問、ヴァレンティンにロマンスの気配が見えたりもする。映画は三部構成になっているが、第二部にあたる、シルス・マリアでの日々が特に素晴らしい。マリアとヴァレンティンのやりとりは「マローヤのヘビ」が中心になる。戯曲の台詞が彼女たちの関係に影響を及ぼし、変化していく様はスリリングだ。ビノシュとスチュワートの演者としての化学反応は、劇中の虚実のみならず、カメラの前で演じている女優2人の素までさらけ出す。女優とアシスタントを演じながら、ふとビノシュとスチュワートになる瞬間さえもすくいとる、大胆なオリヴィエ・アサイヤスの演出には目を見張るばかりだ。
この2人に対抗する存在としてモレッツも健闘している。実際の彼女は堅実なキャリアでスキャンダルとは無縁だが、ゴシップまみれの若手スターを間近で見てきた観察力の賜物と言うべき熱演だ。ジョアンのエネルギーに気圧され気味のマリアを見ていると、ヨーロッパ文化は若さに固執しないという定説は、実は年寄りの願望に過ぎないのでは、とすら思えてくる。
3人の女性は身を以て、美しさは歳を重ねたから得られるわけではなく、かといって若さの特権でもないことを表現する。とどめを刺すように登場するのが、原題でもあるシルス・マリアで見られる気象現象 “マローヤのヘビ”だ。戯曲の題にもなった、山の合間をヘビが這うように流れる雲の様子は涙が出るほど美しい。何時ともわからない時に現れ、あっという間に消える。美とはそういうものでもある。
本作はフランスの映画監督、アンドレ・テシネに謝辞を捧げている。テシネは30年前、アサイヤスとビノシュが初めて一緒に仕事をした『ランデブー』の監督だ。アサイヤスがテシネと共同で脚本を執筆した若い舞台女優の物語で、ビノシュがヒロインを演じた。その後も共に仕事をしてきたアサイヤスとビノシュだが、彼らの歴史と、マリアが「マローヤのヘビ」再演にたどり着く経緯は、うっすら重なるようにも思える。(文:冨永由紀/映画ライター)
『アクトレス〜女たちの舞台〜』は10月24日より公開。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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