【映画を聴く/後編】
デスメタルに永ちゃん、細野晴臣…
多彩な音楽スパイスが見事に同居!
(…前編より続く)映画『モヒカン故郷に帰る』は、劇中でも音楽が重要なモチーフとして使われている。松田龍平の演じる田村永吉は、東京で活動する売れないデスメタル・バンド“断末魔”のヴォーカル。バンドのオリジナル曲「死に方いろいろ」や「唯一AB型」は、音楽監督の池永正二によるもので、クランクインに先立って徹底的に歌唱練習したという松田龍平の“デス声”が聴きどころだ。ちなみに“断末魔”のメンバー役には、“神聖かまってちゃん”のマネージャーであり、池永とともにバンド“あらかじめ決められた恋人たちへ”のメンバーとしても活動する劔樹人らがキャスティングされており、テルミン奏者まで含むバンド編成も面白い。
いっぽう、柄本明演じる永吉の父親の治は、息子を“永吉”と名づけるほど熱狂的な矢沢永吉ファン。永ちゃん風の白ハット&白スーツでタクトを振り、中学校の吹奏楽部に「アイ・ラヴ・ユー, OK」を演奏させる。「矢沢永吉は広島の義務教育」が信条で、自宅で営む酒店には永ちゃんのポスターが、配達用のワゴン車には“E.YAZAWA”のロゴ・ステッカーが誇らしげに貼られている。
末期がんを宣告されて入院する治に、永吉は吹奏楽部の「アイ・ラヴ・ユー, OK」の演奏を携帯電話ごしに聴かせる。馴れない永吉がタクトを振るのだが、そのリズムは次第にデスメタル仕込みの高速ビートに変化。その演奏を聴いた治は、驚きや絶望や歓喜の入り交じった雄叫びをあげる。死が間近に迫っても悲壮感だけでなく、どこか滑稽で明るい雰囲気を残した父と、そんな父親に不器用ながら親孝行をしようと奮闘する息子。そんな両者の交感を印象的に見せるシーンだ。
デスメタルと矢沢永吉、そして主題歌は細野晴臣。何の脈絡もないように思えるそれらの音楽を違和感なく同居させてしまう手腕は、感情のベクトルを振り切らない沖田監督ならでは。エンドロールの「MOHICAN」が流れ終わった時にやって来る、何とも言えないニュートラルな余韻が新鮮だ。(文:伊藤隆剛/ライター)
『モヒカン故郷に帰る』は4月9日より全国公開(広島先行公開中)。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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