【映画を聴く】『グランドフィナーレ』後編
高級感と死の気配、二面性が見せる人生の深淵
次に映像について。前編の最後で触れた「Wood Symphony」のかかるシーンもそうだが、この『グランドフィナーレ』にはファンタジックで色彩感豊かな映像表現が数多く用意されている。どのシーンも限りなく美的で贅沢なのだが、どこか現実世界と乖離したテイストを持ち、“フェリーニに継ぐ映像の魔術師”と呼ばれるパオロ・ソレンティーノ監督と、彼の作品には欠かせないルカ・ビガッツィ撮影監督のコンビの持ち味が存分に発揮されている。デヴィッド・ラングの音楽とともに、本作を格調高い総合芸術作品たしらしめている大きな要素だ。
舞台となったダボスのホテルは、偶然にもかつてトーマス・マンが小説『魔の山』の舞台に選んだ場所。当時はサナトリウムだった施設をスパに改築したものだという。それもあってか、このホテルはセレブたちの集う超高級ホテルでありながら、死の気配が漂う無機的な養護施設のような雰囲気も併せ持っており、その二面性こそが本作の不思議な世界観の根底にあることは間違いない。
そして人間模様。やがて訪れる死を諦観に似た態度で受け入れようとしている指揮者のフレッドと、彼とは違って死の直前まで現役であろうとする映画監督のミック。人生の同じ地点にいながら対照的な考え方を持つ2人のほかにも、ホテルにはさまざまな人物が滞在している。ポール・ダノの演じるハリウッド俳優で、役づくりのためにホテルに滞在しているジミー・トゥリーは、どこかジョニー・デップをモデルにしたかのような寡黙で思慮深い佇まいが印象的。『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』でビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンの若き日を好演したダノの魅力は、本作でさらに磨きがかかっている。
また、“人生の夏”を謳歌するミス・ユニバースの神々しいまでのゴージャス感、サッカー界のレジェンドであるマラドーナを思わせる太った男の停滞感などもロケーションの持つ二面性、フレッドとミックの対照性と複雑に絡み合い、物語をより深淵なものとしている。
よく練られた脚本と密接に絡み合ってお互いを補間する映像と音楽、そして役者人生の総仕上げ的な名演を見せるマイケル・ケインとハーヴェイ・カイテル。人生の終わりが見えてきた時、人は未来に何を望むのか。本作でソレンティーノ監督は、見る者にそう問いかける。そしてその答えのいくつかを、彼らの円熟味の中に見つけることは簡単だ。その一瞬一瞬から目が離せない、本当に素晴らしい作品だと思う。(文:伊藤隆剛/ライター)
『孤独のススメ』は4月9日より全国順次公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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