音楽ファンもグッとくるシーンが満載!
2013年に公開され、母国オランダほか多くの国の映画祭で高評価を得たという『孤独のススメ』の公開が、日本でもようやく始まった。オランダの美しい田園地帯と、そこで暮らす変わり者の男の身に起こった出来事をグラフィカルな構図で描き、彼の無個性でミニマルな生活が次第に人間味を帯びていく様子からじわじわと感動を導き出す。J.S.バッハのオルガン曲やシャーリー・バッシーの楽曲が印象的に使用され、音楽ファンもグッとくるシーンが満載だ。
妻を事故で亡くし、天性の歌声を持つ息子とも絶縁状態にある初老の男性、フレッド。周囲との交流は、毎週日曜日に行なわれるプロテスタント教会の礼拝のみ。毎日決まった時間に“主の祈り”を唱え、同じものを食べ、息子が少年時代に歌ったバッハ「マタイ受難曲」のアリアの録音テープを聴くことを日課にしている。冒頭で引用される「演奏は難しくない。正しい鍵盤を正しい時に叩けばいい」というバッハの言葉を、生活そのもので愚直に実践し、きわめて匿名性の高い“単独者”として生活している。そんな彼を見て、2013年のイタリア映画『鑑定士と顔のない依頼人』や1989年のフランス映画『仕立て屋の恋』の主人公の姿を重ね合わせる映画ファンがいたとしても不思議ではない。
そんな彼の日常に、ある日突然、謎の中年男が転がり込んでくる。ろくに会話もできず、名前も年齢も判然としないこの男との奇妙な同居生活によって、彼の単調な毎日は少しずつ変化し、キリスト教の教義を偏重する排他的な村人たちの奇異の目に晒されることになる。その過程でフレッドが得た本当の自由、友情、そして孤独の悲哀を丹念に描いた本作は、ディーデリク・エビンゲ監督にとって初の長編作品だという。役者としても活躍し、これまで短編作品で数々の賞を獲得している彼の才能は、同じくオランダ人でデヴィッド・ボウイやビョークを撮影する写真家/MV作家から映画監督へと活動の幅を広げたアントン・コービンと同じように今後世界的に認知されていくに違いない。(後編へ続く…)
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