『ふきげんな過去』
小泉今日子と二階堂ふみが共演する。この組み合わせだけで、もう見たくなる『ふきげんな過去』は夏の東京の気怠さに包まれて見る、とても豊かな白昼夢のような作品だ。
舞台は北品川。工業地帯と住宅街の中間のような場所に暮らす18歳の果子は、いつも不機嫌な顔をしている。毎日はただ退屈。何かが起きないか、と思いながら、周囲の人やものを観察しながら、祖母が営む食堂「蓮月庵」で両親と暮らしている。
蕎麦屋を廃業してエジプト風豆料理を出す店に変えた祖母も、全然動かない赤ん坊をおぶった母も、近所に暮らす叔母と小学生の娘も総出で豆の皮むきをしている横で、果子の父親は何もしない。女たちは意に介さず、とりとめもない中にちょっとだけ毒のある会話をしながら、仕事をする。そんないつもの風景に、突然の闖入者が訪れる。それは18年前に死んだはずの果子の伯母・未来子だった。
爆破事件を起こした前科者で、死亡したはずゆえに戸籍もない。だが、やって来たのは幽霊なんかではなく、地に足の着いたタバコ好きの中年女。悪びれもせず「少し匿って」と言う。かくして、未来子は果子の部屋に居候することになる。果子とその家族が暮らす古い二階建ての家屋がとても風情があり、果子の部屋は畳敷きの部屋に凝った桟のガラス障子という開放的な造り。その部屋で、とんでもなく自由な未来子に反発しつつ、果子は一緒に時間を過ごしていく。そんなある日、未来子は唐突に「あたしがあんたの本当の母親よ」と告げる。
主演2人の相性は期待通りの良さ。二階堂はわけもなく苛立つ十代を、いつも見事に演じる。すべてバカにして醒め切っているかと思えば、未来子にはつっかかる。思春期の少女特有の、他人との距離感の取り方など、よくわかってるな、と感心させられる。受けて立つ小泉の飄々とした佇まいも絶品。思わせぶりに振舞うわけでもないのにミステリアスで、ちょっぴり危険な香りがする。相手によって態度を変えるわけではないけれど、誰と対峙しているかで、母親の顔にも娘の顔にも、女の顔にもなる。過去と未来と今を全部抱えて生きているような姿が魅力的だ。
この映画は、ありきたりではない。誰もがそう予想していた通りに母娘の名乗りを上げても、それ以前の流れがそうであったように、物語はゆらゆら不思議な線を描きながら進んでいく。どこにでもいる普通の庶民たちが当たり前のように話す内容や行動が、ほんのわずか宙に浮いているような感覚だ。ワニや爆弾、誘拐事件も出てくる。だが、奇を衒う風でもない。クリシェを避けながら、同時に奥深い部分で共感させる独特の魅力が心地よい。
脚本も兼ねる監督の前田司郎は『生きてるものはいないのか』や『横道世之介』などの脚本を手がけ、原作・脚本を兼任した『ジ・エクストリーム・スキヤキ』で映画監督デビューし、本作が第2作。ありふれた日常の中に潜む魔的なものをとらえる、一風変わったファンタジックな作風は今回、さらに磨きがかかった。登場人物たちのおしゃべりを聞いているうち、とっぷり日が暮れて夜になると、世界もいつの間にか違う表情になる。未来子と果子、果子の従妹の小学生でメガネッ子のカナの3人が森へ行き、運河を舟で渡るシーン、夜の縁側で一服する未来子と老母の姿など、日常と非日常が地続きの幻想的な美しさだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ふきげんな過去』は6月25日より公開される。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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