【映画を聴く】『ブルックリン』前編
マイケル・ブルックが担当、
弦楽器やピアノの音色が優しく寄り添う音楽
アカデミー賞作品賞、主演女優賞(シアーシャ・ローナン)、脚色賞(ニック・ホーンビィ)へのノミネートで話題になっていたジョン・クローリー監督『ブルックリン』が、いよいよ日本でも公開される。アイルランドの作家、コルム・トビーンによる2009年の小説を映像化。故郷のアイルランドと移住先のブルックリンの間で揺れ動くひとりの女性の“人生の選択”を題材とする、滋味に富んだ逸品だ。
脚本、キャスティング、ロケーション、音楽など、すべてが丁寧かつリッチに作り込まれており、同時期に公開されたトッド・ヘインズ監督『キャロル』と同じ50年代のNYを、移民の視点から生き生きと描写している。ちなみにクローリー監督は現在、『キャロル』の主演で、シアーシャと並んでアカデミー賞主演女優賞にノミネートされたケイト・ブランシェットのブロードウェイ初出演となるチェーホフ作品の脚色を手がけているという。
何と言ってもエイリシュを演じるシアーシャ・ローナンの美しさがまず印象に残る作品だが、ここでは彼女の美しさを引き立てるマイケル・ブルックの音楽とニック・ホーンビィの脚本に注目したい。
まず、音楽を担当するマイケル・ブルック。『イントゥ・ザ・ワイルド』『不都合な真実』『ウォールフラワー』など、ここ10年ほどの間に映画音楽家として知られるようになったが、もともとはギタリスト/プロデューサーとしてデヴィッド・シルヴィアンやブライアン・イーノ、ダニエル・ラノワ、それにパキスタンのカッワーリー歌手、ヌスラト・ファテー・アリー・ハーンらとコラボレーションを重ねてきたアーティストであり、そのマルチ・タレントぶりは1985年のリーダー作『Hybrid』の頃から存分に発揮されている。ワールド・ミュージックをベースに、後にアンビエント・テクノやエレクトロニカと呼ばれる音楽性も先取りしたその折衷サウンドは、今の耳で聴いても刺激的だ。
そんなブルックの手がける本作のサウンドトラックだが、それとは打って変わって室内楽的な品のいい小曲が中心となっている。アイルランドのシンボル・カラーであるグリーンが多用される色彩豊かな映像に、温かみのある弦楽器やピアノの音色が優しく寄り添う。
音楽的な一番の見せ場は、アイルランド人歌手のイアーラー・オー・リナードが「Casadh An tSúgáin」というケルト語の歌を独唱するところ。ここは音楽スーパーバイザーとしてクレジットされているクレ・サヴィッジの貢献も大きいかもしれない。エイリシュがクリスマスの教会で彼の歌声を耳にして立ち尽くすこのシーンは、彼女の持つ故郷へのさまざまな思いを代弁している。実際、この曲はアイルランド人にとっては大切に歌い継がれている哀歌らしく、原作者のコルム・トビーンも執筆中に大きなインスピレーションを得たという。(後編「自在に音を操る音楽家と歌心の解る脚本家のコンビ」に続く…)
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