暴力夫から逃げた母娘が自分たちで家を建てようと奮闘する姿を描く
【週末シネマ】クレア・ダンという名前を聞いても、あまり馴染みはないだろう。だが、覚えておいて間違いなしの気鋭の女優、脚本家だ。彼女が企画し、脚本と主演を務めた『サンドラの小さな家』は、アイルランドに暮らすヒロインが暴力をふるう夫のもとから幼い娘2人を連れて逃げ出し、周囲のサポートを受けながら自力で家を建てていく姿を描く。
・アカデミー賞大本命、自由と労働を求めて漂流する高齢者を描いた『ノマドランド』
アイルランドのダブリン出身で、舞台を中心に活躍してきたクレア・ダンが、どこにでもいる1人の女性を演じる本作は、家庭内暴力やシングルマザーの困窮、住宅問題というコロナ禍でさらに厳しさが増している世界共通の問題をテーマに掲げ、窮地にある者へ救いの手を差し伸べる人の優しさ、連帯という希望も描いている。
社会の弱者たちが助け合う姿にアイルランド古来の精神“メハル”をみる
わが子2人を溺愛する一方、妻に手を上げる夫に虐待されてきたサンドラはある日、まだ幼い娘2人を連れて家を出る。ホテルに仮住まいしながら、公営住宅に応募するも入居はいつになるのかわからない。清掃やパブの仕事をかけ持ちし、娘たちとの面会に現れる夫と顔を合わせるストレスにさらされる日々を過ごしていたサンドラは、娘のベッドタイムストーリーにヒントを得て、自分で家を建てることを思い立つ。
インターネットの情報を頼りに、何の知識もないまま無謀ともいうべき夢の実現に乗り出すサンドラの必死さは胸を突く。そんな彼女と出会う人々が次々に力を貸していく過程はおとぎ話のような奇跡の連続にも思えるが、誰かの一途な姿に打たれたとき、人は誰でもそんな気持ちになるのではないだろうか。サンドラに自宅の裏の土地を提供する彼女の雇い主の老婦人、家造りに参加する土木建築業者、パブの仕事仲間やママ友といった協力者たちも様々な事情を抱えた社会の弱者だ。そこにはアイルランド古来の精神“メハル”(皆が集まって助け合うこと)がある。
気鋭のクレア・ダンはホームレスになった友人の経験をもとに脚本を執筆
クレア・ダンは、アイルランドでホームレスになってしまった女友だちの経験に着想を得て、脚本を執筆したという。もしも1人の女性が自分で家を建てるとしたら? そんな発想から入念なリサーチを重ね、住宅問題や自力で家を建てることについてリアリティあふれる物語を紡ぎ出した。監督は『マンマ・ミーア!』『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』などで力強い女性を描き続けてきたフィリダ・ロイド。ダンとは2012年から演出を手がけたオール女性キャストのシェクスピア劇三部作の1つ「ヘンリー四世」で組み、同作でタイトルロールを演じたハリエット・ウォルターが今回はサンドラに土地を提供するペギーを演じている。
人は1人では生きてはいけない。本当に困ったときに誰かを頼るのは間違いではない。そして頼られた側もまた、そこで救われていく。
「Herself」という原題が、助けられながら自分の力で生きることの大切さを伝える物語に、“情けは人のためならず”という日本のことわざとアイルランドの“メハル”の精神が重なる。(文:冨永由紀/映画ライター)
『サンドラの小さな家』は、2021年4月2日より全国公開
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