フランス出身。90年代初めから、テレビ業界で活躍。2007年にショート・ドキュメンタリー「Looking North For A Gastronomic Revolution(原題)」(08)を撮影するため「ノーマ」を訪れた事がきっかけで『ノーマ、世界を変える料理』を製作することになった。本作は、デュシャンにとって初の長編映画であるにも関わらず第63回サン・セバスチャン国際映画祭キュリナリー・シネマ部門でTOKYO GOHAN AWARD(最優秀作品賞)を受賞。第66回ベルリン国際映画祭キュリナリー・シネマ部門にも正式出品されるなど数多くの映画祭で高く評価されている。イギリスのブライトンを拠点に活動し、プライベートでは、本作のプロデューサーでもある妻のエタ・トンプソン・デュシャンとの間にカシウス、ルー、ナマステの3人の子どもがいる。
美食とは無縁と言われてきた北欧で、世界一予約の取りにくい人気レストランを創業したカリスマシェフ、レネ・レゼピ。デンマークのコペンハーゲンに居を構え、美食界に革命を起こした彼の軌跡を追ったドキュメンタリー映画『ノーマ、世界を変える料理』が、4月29日から公開中だ。
イギリスのレストラン誌で3年連続の1位に輝くも、2013年にノロウィルスによる食中毒事件が発生し、栄光の座から転落。苦難の末に返り咲くまでの4年間に密着した作品だ。この映画を監督したピエール・デュシャンに、映画について聞いた。
監督:僕はフランス生まれだけど、スカンジナビアに数年住んでいたんだ。そして、2007年にはじめてレネの名前とレストラン「ノーマ」のことを耳にした。彼が15人の異なる国籍の料理人を連れてきたこと、スカンジナビアの食材を使うということ。まあ、それぐらいだったけれど、とても興味を持ったから、さっそくレストランのドアを叩いて自己紹介をして、「あなたが面白いことをやろうとしていると聞いたから、ぜひ撮らせてくれないか」と頼んだ。彼は心よく承諾してくれた。
それで『Looking North for a Gastronomic Revolution』という作品を作った。この映画のテーマは、「レネはスカンジナビアあるいはデンマークを、果たしてガストロノミーの世界地図に載せることができるか」というものだった。そして彼はそれを果たした。その後も僕らはコンタクトを取りあっていた。そして2010年のある日、彼から『エピキュリアンの君はいま、世界のどこにいるの?』とメールが来た。それで僕は「できるだけ早く君のところに行きたい、というのも新しいドキュメンタリーのアイディアがあるから」と答えた。「君の頭の中に起こっている新しいことを理解したい」とね。それが今回の企画のスタートだったんだ。
監督:彼はとてもチャーミングな人で、他人が彼の世界を訪れるのをとても歓迎してくれた。彼の情熱的な口調のなかにそれが感じられた。そして僕自身、彼のレストラン、彼がプロデュースしているもの、そして彼がしていることを見て「この男は食の世界で何かを変える」と直感したんだ。そして彼はそれをやり遂げた。2010年、2011年と世界のベスト・レストラン50のナンバー1に選ばれ、スカンジナビアン・フードを世界に紹介した。僕は、そんな彼のチャレンジをとても素晴らしいと思っている。
監督:印象的なことは、やはり彼のアップ・アンド・ダウンの過程だね。個人的に彼と近くなればなるほど彼の状況がわかってくるし、彼が感じていることをこちらも肌で感じるようになる。だから彼が落ち込めばそれが伝わってくるし、彼が元気になれば僕もうれしくなる。2012年、世界のベスト・レストラン50の3度目のベスト1に輝いたときは、僕も興奮した。でもその後ノロウィルスが発生し人々が感染したときは、本当に彼のことが心配だった。僕自身もとても落ちこんだ。すでに彼らを家族のように感じていたからね。
こういうエモーショナルな時期は何度かあったから、印象的なエピソードを単独であげることは難しいな。たとえばノロウィルスが発生したときは落ち込んだけれど、その後の勝利はとても感動的だった。それにもちろん、彼のクリエイティブな面にも感銘を受けた。彼が料理人たちを指揮して、これをやったらどうか、これが足りないのではないかと試行錯誤している様。レネは彼らにとっていわば父親的存在で、それはとても興味深い。ただ単にキッチンでみんなを叱咤しているわけじゃない(笑)。それは短絡的な見方だ。
撮影中、トラブルになったことはとくになかったよ。たしかに撮影が始まって2週間目、僕らはちょっとぶつかった。それはちょうどノロウィルスが発生した頃で、彼はとても落ち込んでいた。僕は彼の近くにいたから、そのときとても深刻な会話をしたんだ。でもそのあとで彼は言った。「前に進もう、いい仕事をしようじゃないか」と。同時に、僕はそのときに理解した。困難な状況のときにカメラがそばで回っているのは、彼にとって心地良いことではないのだと。それ以来僕は、ほとんど1人でカメラを持って撮るようになった。少しでもレネのプレッシャーを軽くしたかったから、サウンドの助手も付けなかった。できるだけ自分が透明な存在になるように心がけた。ただ彼らをじっと観察していた。ロンドンに行ったときは、彼が撮影を望まないときもあったから、そういうときは撮らなかった。シンプルなことだよ。自分のやり方を押し付けず、置かれた状況を受け入れて、時間をかけた。何週間か撮影はせず、ただ観察して、誰がどんな動きをするのかを理解した。そういうことがあって、そして彼らも僕のバックグラウンドを知って、初めて信頼してくれるようになったんだ。
監督:それがドキュメンタリーの美しさだね(笑)。ノロウィルスはとても大きな一撃で、キッチンに深刻な影響を及ぼしたと思う。映画のなかでレネも言っているけれど、彼らは人々をハッピーにしたいと思ってやっている。でも食品に毒が混ざっていたら、彼らにとってできることは何もない。少なくともレネにとって、その打撃を払拭するのには多くの時間を要としたと思う。たぶん数ヵ月かかったんじゃないかな。「よし、自分にいったい何ができるのか」と言えるようになるまでは。
僕は、彼がただ勝利を収めることを目的にしていたわけではないと思う。自分のプライドのため、そしてとにかく再びレストランを軌道にのせたいと思ってやっていたんだ。そして多くの努力、多くの怒声(笑)、リサーチの末に、なんとトップに返り咲いた。ちょっとハリウッドのサクセス・ストーリーみたいだね。僕はしばしば彼を『みにくいアヒルの子』のように感じる。彼は人々から繰り返し拒絶されてきた。彼は拒絶の理由がわからない。自分はファミリーの一員だと思っているのに、そうじゃない。でも多大な努力の末に、最終的にガストロノミックの世界で美しい白鳥になったんだ。
ベスト1に返り咲いたことについては、常にそれを考えていたわけではないと思うけれど、あるときレネが僕にこう言った。「スタッフは“何かを起こしたい”というモチベーションに突き動かされているみたいだ」と。レネのエネルギーはとてもポジティブだ。そして彼は自分のプライドをかけて一生懸命に働いた。結果的にノロウィルスは彼を極限状態に追い込み、そこから前進させることになったんだ。
監督:彼はいまだに子どもみたいな人間だ。ちょっとわがままで、いつも何かを訴えたいと思っている。いい意味でちょっと傲慢なところがあって、好奇心旺盛で、大きな心を持っている。そしてとても繊細でもある。ときどき手に負えなくなるけれど、誰でもそういうときはあるだろう? 彼は90人あまりの従業員を抱えていて、その責任もある。レネはそのことをとても真剣に考えていると思うよ。彼らに仕事を供給していくということをね。そしていつも、今以上に進歩したいと思っている。彼には素晴らしいところが沢山あって、多くのアイディアを持っているトレンドセッターだ。そしてとてもユニーク。そのユニークさゆえにノーマがあるんだ。
監督:多くの人と同じように、日本はとてもミステリアスな国というイメージを持っている。じつは次回作は日本に関するものを考えている。というのも日本に惹かれて、日本をもっと発見したいと思っているから。
レネは日本の伝統、日本料理にとても影響を受けている。例えば抹茶の粉末。乾燥させてパウダー状にするその手法を彼は参考にした。胡瓜を乾燥させてからパウダーにし、ソースを作る時のスパイスとして使うことを思いついたんだ。それは日本からの影響だ。そういうことを日本の観客に知って欲しい。ノーマの料理に日本の影響があるとわかったら、日本にいる観客にも喜んでもらえるんじゃないかな。
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