【映画を聴く】『この世界の片隅に』後編
片渕監督のリクエストで採用!「悲しくてやりきれない」
『この世界の片隅に』で印象的に使われる楽曲「悲しくてやりきれない」は、ザ・フォーク・クルセダーズの1968年のシングル曲のカバー。作詞:サトウハチロー/作曲:加藤和彦によるこの曲、映画では井筒和幸監督の『パッチギ!』で「イムジン河」と並んでテーマ的に使われたほか、今年も『あやしい彼女』の中で、主演の多部未華子が歌って評判になったばかり。とにかくカバーされることの多い、スタンダートと言っていい名曲だ。
もともとは彼らの67年のデビュー曲にして大ヒット曲「帰って来たヨッパライ」に続く2ndシングルとして予定された「イムジン河」が政治的配慮のため発売中止になったことを受けて急遽作られた楽曲で、歌詞は発売中止を決断したレコード会社への当てつけとも言われている。前編で触れたように、コトリンゴの歌唱による今回のカバーは、本作のために新たに録音されたもの。2010年のアルバム『picnic album 1』に収録されたバージョンよりもドラマチックなストリングス・アレンジが施されている。
劇中にはこの曲を含め、コトリンゴによる4つのヴォーカル曲が使用される。中でも終盤で流れる「みぎてのうた」と「たんぽぽ」は、ヒロインのすずの“今”と“これから”を描いており、物語と密接に結びついている。劇伴のインストゥルメンタルも、木管楽器を中心とした温かみのあるサウンドがすずの生き方や感情をありありと表現して感動を誘う。これらがすべて収録されたサンドトラックCDは、本編を音で追体験できるという意味でとても貴重なアイテムだ。
従来の戦争映画然とした悲しみや怒りだけでなく、喜びや楽しみも伸び伸びと描くことで平凡な毎日の暮らしのかけがえのなさを見る者に伝える『この世界の片隅に』。劇伴の合間からは戦闘機の飛行音がかすかに聞こえ、それは次第に激しい爆撃音へと変わっていく。そして1945年8月6日へ向かってゆっくりと、しかし確実に進む物語を後押しする劇伴もまた、物語とともにエモーショナルさを増していく。
クラウドファンディングによる映画化の実現、片渕監督の原作への思い、のんとすずのシンクロぶりなど、いいエピソードに事欠かない作品なので影になりがちだが、作品を味わい尽くすための一要素としてコトリンゴの上質な音楽にもじっくり耳を澄ましてみてほしいと思う。(文:伊藤隆剛/ライター)
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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