【週末シネマ】圧巻のラストリーン! 名匠マイク・リー監督の手腕が光る人間ドラマ

『家族の庭』
(C) 2010 UNTITLED 09 LIMITED, UK FILM COUNCIL AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION
『家族の庭』
(C) 2010 UNTITLED 09 LIMITED, UK FILM COUNCIL AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION

家庭菜園の四季の移ろいと共に、初老の夫妻を中心とする人間関係を描いた『家族の庭』。マイク・リー監督は登場人物の人柄や言動をジャッジすることなくただ見つめることで、見た後もしばらく登場人物たちについてあれこれ考えてしまうような余韻に残る作品を創り上げた。

【週末シネマ】少年心を持ち続ける大人が、壮大なるお楽しみ会を実現させたSF!

トムとジェリー夫妻は、それぞれが専門的な職業をもち、自立した親思いの息子がいて、休日には夫婦そろって家庭菜園で過ごし、手料理で友人をもてなすといった、老年期の理想的な生活を送っている。そんな満ち足りた2人が醸し出す安定感を頼ってか、不安定な友人たち、男運のなさを嘆いてばかりいる中年の独身女性メアリーや孤独感に苛まれている太りすぎの旧友ケンたちが集まってくる。

これがあらすじだが、トムとジェリー夫妻は人間関係の軸であるものの、リー監督が焦点を当てているのはメアリーである。メアリーは不倫の末に孤独に陥り、周囲の気を引くために絶えずしゃべりまくり、アルコールに逃げ、それでもなお理想の男性を求めて色目を使ったりもする痛々しい女性だ。こんな人が周囲にいたら鬱陶しいにきまっているのだが、それでも彼女を放っておけない気持ちになるのは、ふとした表情に素直さと愛らしさが感じられるからだ。

本作にはマイク・リー作品の常連俳優が揃って出演しているが、なかでもメアリーを演じたレスリー・マンヴィルの演技は印象深い。メアリーは、誰にも必要とされていない寂しさに苦しんでいて、自分を受け入れてくれる夫妻のもとに救いを求めて行くが、固いパートナーシップで結ばれた夫妻を目の当たりにして一層の寂寥感を抱えてしまうのではないか。彼女はアルコールと同様に夫妻にも依存していて、家族という境界線を無遠慮に越えようとしたことで、ジェリーから見放されてしまうのだ。

圧巻なのは、ラストシーンだ。このシーンのために、これまでの春夏秋冬があったのではないかと思えるほど強烈な印象を残す終わり方だ。そこでは、夫妻の食卓を息子とその恋人、トムの兄、許しを請うたメアリーが囲み、会話をしている。カメラはテーブルをぐるっと回って、ひとりひとりの顔を映し出す。おしゃべりは続き、メアリーに質問が及ぶ。メアリーは答える。その答えは流され、メアリーは沈黙する。食卓では会話が続いているはずだが、音は静かになる。このとき、彼女はなにを思っていたのだろうか。その答えは、見る人によって異なるだろう。

ここからは、映画を見てから読んでいただきたいが、私がこのとき思ったことを書く。沈黙の瞬間、メアリーは彼らが自分にさほど興味がないことを知ったのだと思う。それがあまりにはっきりしているため、悲嘆にくれるどころか、逆に冷めた気持ちになったのではないだろうか。残酷な現実だが、一方で夫妻への依存から卒業するときがきたのだ。

冬の菜園は雪に閉ざされているが、その土の下では春の準備が進んでいる。そしてまた春夏秋冬が巡り、1年が過ぎていく。原題の『Another Year』は、邦題にすると印象が弱そうだけれど、この物語にぴったりだ。

『家族の庭』は11月5日より銀座テアトルシネマほかにて全国順次公開される。(文:秋山恵子/フリーライター)

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